夜回り先生 水谷 修
公式ブログ

Osamu Mizutani Official BLOG

あの頃の高校生が、親になって

昨日、こんなメールが届きました。そのままのせます。

 

—[当時高校生だった私が、今度は我が子に伝える番]—

 

ふと本棚を整理していたとき、

目が止まった

『夜回り先生』

 

そして、

このプロジェクトの投稿を見つけ驚いた

 

目頭が熱くなり

水谷先生の言葉をお借りしながら

我が子に

伝えたい想いが溢れた

 

どうか、このプロジェクトの想いが

たくさんの方に届きますように。

 

あの頃の高校生が

大人になり、親になり、

 

そして

次の世代の子どもたちへ

言葉を手渡してくれる。

 

——-

 

こんな嬉しいことはありません。

 

一冊の本が

一人の高校生に届き、

 

その言葉が

時を越えて

今、子どもへと渡されていく。

 

言葉は

人の中で生き続ける。

 

そう思うと、

とても嬉しくなりました。

 

新しい夜の街

現実の夜の街も、

もちろん今もあります。

最近話題になる

 

トー横

グリ下

栄など

 

私も何人もの少女を保護しました。

今もお預かりしている少女たちもいます。

OD、リストカット、パパ活、万引き・・・。

その背景には、どうしようもない孤独感があります。

 

けれど、そこに集まる子どもたちも、

辿っていけば、結局、SNSの中でつながっています。

 

夜の街は、

もう一つ増えました。

 

スマホの中の夜です。

 

子どもたちは、

その中で誰かに出会い、

誰かに傷つけられ、

誰かに救われることもあります。

 

そして今日も、

小さな声でこうつぶやきます。

 

「消えたい」

 

その声を、

私たち大人はどこで受け止めればいいのでしょうか。

 

私は、子どもたちに直接伝えたい。私の講演を通じて。

 

君たちは一人ではないと。

生きていてくれてありがとうと。

今や夜の街は、スマホの中にも

夜の街は、スマホの中にもある

子どもたちは今、そこで夜を過ごしている

 

昔は、夜の公園やコンビニに子どもたちが集まっていました。

家に居場所がない子。

話を聞いてほしい子。

ただ誰かと一緒にいたい子。

 

そんな子どもたちが、夜の街にいました。

 

でも今は、少し様子が違います。

 

子どもたちが集まっているのは、

公園でもコンビニでもなく、

スマートフォンの中です。

 

SNSを開くと、

そこには子どもたちの投稿があります。

 

私に送られてくるメールの中には、

 

血のにじんだ腕。

何本も残るリストカットの跡。

「生きてる証」

 

そんな言葉が添えられています。

 

机の上に並べられた

たくさんの処方薬や市販薬。

 

「オーバードーズ」

そんな言葉と一緒に、

写真が載せられていることもあります。

 

そして、

たった一言。

 

「消えたい」

 

昔、夜の街で聞いていた声と

同じ言葉です。

 

嬉しい連絡

今日一本の電話がありました。一人の女性からです。

 

彼女は、2011年東北の港町に住んでいました。当時は、高校二年生。漁師の父親と主婦の母親、弟、妹の五人家族でした。

 

彼女は、中学の時から、学校でのいじめや暴力的な父親からの重圧で、リストカットやODを繰り返していました。

 

そして、あの震災。家族五人は、いのちは助かりましたが、避難所の体育館に。

 

避難所では、医療班に。当時、そんな彼女から3月21日メールがありました。

 

「先生、夕べは寒かった。雪が降って、朝には積もって。夕べ、私の担当のおばあちゃんが、寒くて寝れなくて苦しんでた。だって、冷たい体育館の床に二枚毛布を引いて、掛ける毛布も二枚しかないんだ。だから、私、私の毛布を全部おばあちゃんに掛けてあげて、おばあちゃんの横に潜り込んで、背中をさすってあげたんだ。そしたら、おばあちゃん、ありがと、ありがとって言ってすやすや寝てくれた。私生きてて良かった。こんな私でも人を幸せにできるんだ」

 

この子は、高校卒業後、看護関係の大学に進み、東北の病院で看護師をしていました。

 

「先生、私結婚します。3月21日に。だって今の私が、本当の意味で生まれた日だから。先生も、結婚式来てくれますね」

 

私は、断りました。君は、もう私の所を卒業しています。私のことは、つらい過去と同様、忘れてくださいと。

 

私は、関わった子どもたちの結婚式に出たことはありません。それは、彼らにつらい過去を思い出させたくないから。私は、彼らの人生の階段のたった一つの階段に過ぎません。

 

でも、うれしくて今もにやにやしています。

15年の月日が流れました

東日本大震災から、15年の月日が流れました。

 

私も、同級生や教え子を亡くしました。

妻は、宮城県の小中学校で養護教諭をしていました。たくさんの仲間や教え子、知り合いを亡くしています。

 

月日の流れは速い。あれから15年です。

 

今日は、亡くした人たちの思い出を、妻と語り合いました。

 

今日、書いた詩を載せます。

私の今年出版する本の冒頭にも載せます。

 

いのち、不思議なものです。

望まなくとも、与えられ

望まなくとも、いずれ奪(*うば*)われます。

いのち、すばらしいものです。

生きているから、たくさんの美しいものと出会え

生きているから、多くのすばらしい出会いを手にします。

いのち、哀しみです。

いのちを失うこと、死は

すべての人のこころに、深い哀しみを刻みます。

いのち、喜びです。

新しいいのちの誕生は

すべての人のこころに無上の喜びをもたらします。

いのち、大切なものです。

私たちは、生きているからこそ

幸せになれる。誰かを幸せにできる。