2026.03.12
嬉しい連絡
今日一本の電話がありました。一人の女性からです。
彼女は、2011年東北の港町に住んでいました。当時は、高校二年生。漁師の父親と主婦の母親、弟、妹の五人家族でした。
彼女は、中学の時から、学校でのいじめや暴力的な父親からの重圧で、リストカットやODを繰り返していました。
そして、あの震災。家族五人は、いのちは助かりましたが、避難所の体育館に。
避難所では、医療班に。当時、そんな彼女から3月21日メールがありました。
「先生、夕べは寒かった。雪が降って、朝には積もって。夕べ、私の担当のおばあちゃんが、寒くて寝れなくて苦しんでた。だって、冷たい体育館の床に二枚毛布を引いて、掛ける毛布も二枚しかないんだ。だから、私、私の毛布を全部おばあちゃんに掛けてあげて、おばあちゃんの横に潜り込んで、背中をさすってあげたんだ。そしたら、おばあちゃん、ありがと、ありがとって言ってすやすや寝てくれた。私生きてて良かった。こんな私でも人を幸せにできるんだ」
この子は、高校卒業後、看護関係の大学に進み、東北の病院で看護師をしていました。
「先生、私結婚します。3月21日に。だって今の私が、本当の意味で生まれた日だから。先生も、結婚式来てくれますね」
私は、断りました。君は、もう私の所を卒業しています。私のことは、つらい過去と同様、忘れてくださいと。
私は、関わった子どもたちの結婚式に出たことはありません。それは、彼らにつらい過去を思い出させたくないから。私は、彼らの人生の階段のたった一つの階段に過ぎません。
でも、うれしくて今もにやにやしています。
