夜回り先生 水谷 修
公式ブログ

Osamu Mizutani Official BLOG

ありがとうございます

クラウドファンディング、みなさまのご支援で無事に終了いたしました。

ーありがとうございます。

 

現在、無料でおうかがいする施設や学校の募集の準備に入っています。

 

今も問い合わせが数多く来ています。相当数の依頼が来るだろうと考えています。

 

それらを地域ごとに集約して、できる限りいただいたご支援を大切にまた効率的に使用し、一カ所でも多くの場所をおうかがいしようと考えています。

 

今月中頃からは、そこまでで決定した内容を、こことクラウドファンディングの中でご報告いたします。

 

一昨日は、長崎県諫早市での講演でした。たくさんの方々が来てくれました。感謝です。また、かつて関わった方々も来てくれました。いろいろな思い出がよみがえりました。

明日は長崎です

明日は、長崎県諫早市での市民講演会です

久しぶりの講演で少し緊張しています。

 

諫早市では、これまで三回の講演を行っています。しかし、最後の講演からはすでに十年以上の月日が流れています。

その間に新幹線も開通し、町の様子も大きく変わったと思います。

 

明日も、色々な出会いがあると思います。祝日ですから、きっと子どもたちも参加してくれると思います。

 

こころを込めて、亡くした子どもたちの哀しみを伝え、また生きていくことの大切さを語ってきます。

今夜は事務所にいます

届くメールの多くは、私の今回のプロジェクトを知った子どもたちからです。

 

「私の学校に来て」

 

切ない思いに満ちています。

 

相談してくれた子どもたちの学校に行きたい。

 

私は、そう考えています。

 

もしかしたら、私の講演を聞いてくれることで、私が行くことで、この子たちが生き返ってくれる。

 

私は、そんな思いで、このプロジェクトを始めました。

 

最後の仕事です。

 

なんとしても、この子たちの学校に行きます。

 

この子たちの明日のために。

 

 

一本の電話

「壊れそうです…」

 

電話の向こうで、小さくて、今にも消えてしまいそうな声。

 

震えていて、うまく言葉になっていませんでした。

 

「壊れそうです…」

 

そこまでなるまで、だれにも言えずに、どれだけ抱えていたのか。

 

電話の向こうで、その子は何度も言葉を探していました。

 

うまく言えなくてもいい。途切れてもいい。

そう思いながら、ただ、その声を聞いていました。

 

夜の中で、誰にも言えなかった言葉が、少しずつこぼれてくることがあります。

 

そういう声に、今までたくさん出会ってきました。

 

だからこそ、思います。

 

言葉になる前の思いに、気づけたらと。

 

これから出会う子どもたちに、届けたい。

まずは人であれ

2011年3月11日の東日本大震災の時です。

 

東北は、私の故郷、まして、宮城県は、私の妻の故郷です。震災後、私の仲間や教え子たちと、その支援に向かうことになりました。

 

当時私は、テレビに出演していました。テレビ局から、ぜひスタッフを同行させてほしいと依頼がありました。

 

私は、それを受け入れ、被災地に向かいました。

 

松島から石巻、海岸線から続く津波の傷跡。語ることばもない状況でした。

 

そのような中、何とか海岸近くまでたどり着きました。そこでは、行方不明の家族を探す人たち、遺体捜索をする警察や消防団の人たち。

 

そこにカメラを向けたテレビ局のスタッフを私は止めました。

私は、スタッフたちにただ一言。

 

「撮れますか」

 

彼らはわかってくれました。機材を置き、捜索に参加しました。

 

東京に戻ってからは、大変な騒ぎです。何しろほとんど撮影していないのですから。

 

でも、そんな騒ぎの中、私と共に行ってくれたスタッフたちは、私に言ってくれました。

 

「先生、これで良かったです。あの時カメラを回していたら、私は、人として失格でした。私は、カメラマンである前に、一人の人間ですから」

 

今、この大切なこころを多くのマスコミの人たちが忘れています。

 

京都の哀しい事件。その事件をただ視聴率のために駆け回るリポーター、テレビのスタッフや新聞、雑誌の記者。また、ネットで確証のない情報を無責任に垂れ流す人たち。

 

だれか、自らあの子を探してくれる人がいたのでしょうか。

 

実は、今日、私のクラウドファンディングの開始から達成、それからの講演の日々をドキュメントとして撮りたいという話がありました。

 

私は、即座に断りました。

 

大切なのは、一人ひとりの子どもたちの元へ向かうこと。そこには、カメラも記者もいりません。

 

私がしたいこと、しなければならないことは、子どもたちのこころに語ること。それだけです。

 

人に問われるのは、ことばではなく、その人がどう生き何をしたかです。