夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

母のこと

私の母は、昭和六年生まれ、現在94歳です。

私は、三才から十一才までは、山形の祖父母のところに預けられていました。

三才で、私はね父を失い、母一人の力で私を育て守ることができなかったからです。

 

十二才からは、横浜でまた、母と一緒に暮らし、その生活は、現在まで続いています。

 

女手一つで私を育ててくれました。

 

その母が、この数ヶ月で急速に認知症が進み、会話が成り立たなくなっています。母自身は、いまだそれに気づいていません。そのため、自分の言っていることが通じないと、自分でとまどい、時に怒り、時に悲しんでいます。

 

老いれば至る当たり前のことなのですが、そばにいる私にとってはつらい日々です。

 

家に一人で留守番させることもすでに困難です。これが、老老介護の始まりなのでしょう。

 

何とか、最後まで家で看取りたいと、母に寄り添っていますが、私がいないと、母は不安で、私に電話をかけ続けています。

 

何とか、母が、安心していることができる状況を作れないかと考えています。

 

明日は、町の指定のケアマネージャーが、来てくれます。相談してみます。

 

仏教では、人生を「四苦」といいます。つまり、「生老病死」人は、勝手に生まれさせられ、必然的に老いていき、老いれば病になり、そして必ず死んでいく。苦しみそのものだと言います。でも、「生」から「死」までの間は、それぞれの人が、自由に生きることができます。その間をどう生きるか、それが問われるのです。

 

母は、わがままな人ですが、いつも困っているこどもたちのために生きてきた人です。己の人生に悔いはないと信じています。

 

ただ、一つの願いは、母より先に私が死を迎えないことです。母にとってこれ以上の哀しみはないでしょう。でも、どうなるか。哀しいですが。

昨日は、定時制高校での講演でした

昨日は、神奈川県の伊勢原高校定時制での講演でした。

 

定時制高校は、私にとって故郷、「夜回り先生」の原点です。

昼の仕事で疲れていた生徒もいたと思いますが、みんな熱心に私の話を聞いてくれました。感謝です。私も、こころを込めて講演してきました。

 

このごろ、地方に行くと感じることがあります。それは、地方都市の駅周辺が、どんどん寂しくなっていると言うことです。神奈川県という首都圏にある伊勢原ですが、駅周辺は、閑散としシャッターが閉まった店だらけ。私が、大山登山で訪れた当時とは比べようもありません。早めの夕食を食べたのですが、飲食店も、駅周辺はほとんどありません。寂しさを感じました。

 

首都圏や大都市に人が集まるのは、現在の状況ではやむを得ないことでしょう。学校や会社がすべて集中しています。地方で安定した暮らしをと思えば、公務員になるしかないのかもしれません。しかし、この問題を解決しなければ、日本のほとんどの地方の中小都市は、高齢者だけの過疎地になってしまいます。

 

政府は、「地方再生」と二十年近く言っていますが、どうも失敗しているようにしか見えません。

 

今年は、あと二つの講演で終わります。もうひと頑張りです。