夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

四国に行ってきました

7日金曜日夜は、四国中央市で、青少年に関わる教員や保護者、地域の方々への講演でした。

朝一の飛行機で、高松空港に入り、レンタカーで移動しました。雨と深い霧の中の運転でした。

 

夜の講演会では、教育長さんや校長さんをはじめ多くの方々が、熱心に講演に耳を傾けてくださいました。感謝です。少しでも、これからの四国中央市の教育のためになればと、こころを込めて講演してきました。

 

翌日は、高松空港に戻る途中で、久しぶりに金比羅様に行ってきました。駐車場の人からは、往復普通ならなら一時間半はかかる、あなたの年では二時間と言われたことにむっときて、一時間で回ってきました。800段近い階段は、三回の休みでこなしたのですが、急いで降りたため、腰を痛めたようです。今日は、腰痛に悩んでいます。やはり、無理はききません。

 

でも、素晴らしい神社でした。

 

今日は、東京に

今日は、これから東京に向かいます。

私の友人で、世界的に有名な画家、彫刻家、武藤順九さんの個展に行きます。

 

武藤さんとは、1975年でパリ、モンマルトルで出会って以来の付き合いです。

お互い、異国の地で、私は、哲学を学ぶものとして、彼は、絵を学ぶものとして、悩み多き青春時代に出会いました。その後、彼は、スペイン、イタリアと拠点を変えながら、芸術家として現在を迎えています。

 

お互い会う前は、楽しみでしょうがないのですが、会うと、互いの芸術論や人生観の違いから、必ず喧嘩になる、面白い関係です。

今日もどんなことになるやらです。

 

最初の出会いの時、私は、19歳、彼は、23歳でした。長い年月が過ぎています。互いに一つの道を、求め歩み続けてきた親友です。

 

それでは、出かけてきます。

 

報道とは何か

みなさん、報道とは何か知っていますか。報道とは、政治や経済、社会で日々おきている事件や事実を、できるだけ早く、そして正確に、私たちに伝えることです。

 

新聞や雑誌、テレビ、ラジオ、最近ではインターネットが、その役目を担っています。これらの報道機関の中で、今、最も早く情報を伝えているのは、インターネットでしょう。次に、テレビ、ラジオ、そして新聞、最後が雑誌となるでしょう。

 

これには簡単な理由があります。インターネットのニュースは、二十四時間、一年三百六十五日、絶え間なく配信され続けています。常に最新の情報が、アップされてきます。テレビの場合は、一日に何度もニュースの時間があり、緊急の場合は、テロップなどでニュースを伝えることができます。それに対して、新聞は、朝刊と夕刊、一日に二回。しかも休みの日もあります。雑誌の場合は、週刊か月刊となってしまいます。

 

今、インターネットのニュースだけで、報道に触れている人が増えています。私は、これには賛成できません。いや危険なことだと考えています。

 

確かに、インターネットのニュースには、早さという武器があります。しかし、そのための限界もあり、最初の時点で確実に把握できる事実関係を報道しているにすぎません。その詳しい状況や背景を、何人もの記者が取材、検証し、また専門家がそれについて見解をきちんとのべる報道は、現在のインターネットニュースの環境では無理がありますし、それをしようとはしていません。

 

もしみなさんが、きちんとある事件について知りたい、政治や経済、社会の問題について知りたいと考えるのでしたら、インターネットのニュースだけでは不足です。きちんとテレビの報道で目で確認し、そして新聞報道で、できる限り正確に知り、そして、雑誌の報道で、専門家の意見や見解を聞くことが必要です。

 

 また、報道ほど恐ろしいものはありません。もしも、日本の報道機関がすべて、ある国について、あるいはある政党や、ある人について、問題点や悪いことを報道し続けたとします。これを報道の世界では、ネガティブキャンペーンといいます。それを鵜吞みにした多くの人が、その国や、その政党、その人を憎み嫌うことになってしまいます。実は、そのようなことを巧妙にしている報道機関も世界の中にはたくさんあります。

 

みなさん、お願いです。報道に興味を持ちましょう。それがみなさんの明日の力につながります。しかも、インターネット、テレビ、新聞、雑誌・・・、できる限り多くの報道に日々ふれる習慣を作りましょう。そして、それを家族や友人と語り合う習慣を。

緊急連絡です

鹿児島県での四本の講演を終わらせ、昨夜戻りました。

 

昨夜戻ってすぐにメールを開いたのですが、サーバーとの接続に問題があり、23日、24日二日間に届いたすべてのメールが失われてしまいました。

 

この二日間に、相談等で私のところにメールを送信した方にお願いです。

メールを再送してください。

 

特にいのちの相談で私にメールを送ってくれた子どもたち、この二日間の相談ついて返信することができませんし、いただいたメールを読むこともできません。

再送してください。私は、必ず返信いたします。

 

明日から鹿児島に

明日は、朝屮で鹿児島に飛びます。

そして、鹿児島市、霧島市、鹿児島市、鹿屋市で、四つの講演会を行います。

 

そういえば、今年は、8月末から例年になく子どもたちからの相談や自死についてのメールが減っています。

報道や政府の発表でも、若者たちの自死が少し落ち着いてきているようです。

 

いのちは自分のものと考えている人が多いようです。これは、間違いです。いのちは、自分のものではありません。自分にある短い期間だけ預けられたものです。それをその人がどう使うか。これが人生です。人にとって、生きることは、生まれさせられた以上、拒むことのできない義務です。人は、やってくる死の時まで生きなくてはならない。でも、どう生きぬくかは、その人の自由です。これが人生です。

 

永劫の時の流れの中で、一瞬を生きぬく。

もうすぐ死に逝く私は、やっとそのいのちの重みと、来るべき死をどう受け入れるのかが見えてきました。それも、必死で生きぬいたから。

 

死は、求めるものでも自らすすむものでもありません。人に許されるのは、ただ生きぬくことです。いずれ訪れる死の時まで。笑顔で自らの死を受け入れることができるときまで。