夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

高松に行ってきました

台風が日本列島を襲う前日、17日(土)に高松に行ってきました。

高松市内のこども園での講演でした。幼稚園教諭、保育士、看護師のみなさんが、熱心に私の講演に耳を傾けてくれました。

感謝です。

 

本当は、その日は、高松に泊まり、香川県内の仲間たちと情報交換する予定でしたが、台風が近づいているため、何とか最終の飛行機で戻りました。大雨による強烈な風に押され、何と20分早く羽田空港に着陸しました。

 

みなさんの地域は、台風による被害はどうでしたか。

 

今週の三連休は、鹿児島での4本の講演です。台風による被災地域での講演もあります。

私にできること、探してきます。

 

 

網走に行ってきました

先週末から、取材で、北海道網走に行ってきました。

網走には、古くからの友人がいます。

彼は、吉井善満さんという、有名なジャズ、アルトサックス奏者です。

 

今回の取材は、80歳になった吉井さんと、日本の戦後のジャズの歴史や吉井さんの演奏家として、また地元でのジャズバンドの育成者としての歴史を取材することでした。

 

吉井さんは、昨年脳の病気で倒れました。足とことばに不自由が残っています。

しかし、サックス奏者の命ともいえる唇と指には問題はありません。

ワンフレーズ吹いてもらいましたが、吉井さんの人生が奏でるいい音色を聞かせてもらいました。

 

今月末には、地元のバンドと一曲演奏するのだと、練習なさっているようです。

 

一つの道をずっと歩き続ける。大変なことです。でも、歩き続ければ、そこには、その人の人生が作り上げた、最高の傑作が残ります。

 

私も、あと少しの人生、この道を歩き続けようと決意を新たにしました。

 

吉井さんとは、また会えることを誓って、お別れしました。

もうすぐ死に逝く私から、今を生きる君たちへ

すべての生きとし生けるものにとって

当然君たちにとっても

死は逃れることのできない宿命です

この世に生まれてきた以上

いつかはこの世界を去らなくてはなりません

でも、そんな限られた人生は

意味の無いものなのでしょうか

どうせいつかは死ぬのだからと

いまをただ楽しもうとする人たちがいます

いまが苦しいからつらいからと

心を閉ざす人たちがいます

それどころか

自ら命を絶つ人たちもいます

私は、哀しい

生きることは、死に向かって歩むことです

日々近づいてくる死に向かって

でも、いまを生きる君たちには

まだまだ長い明日があります

幸せないまと明日を作ることができます

死を怖れず、死から逃げず、ましてや死を求めず

生きぬいて欲しい

この本は、もうすぐ死に逝く私から

いまを生きる君たちへのメッセージです

私は、君たちに伝えたい

「生きていてくれて、ありがとう」

「いいもんだよ。生きるって」

 

これは、私の新刊「もうすぐ死に逝く私から、今を生きる君たちへ」の冒頭のことばです。

そろそろ、店頭に並び始めたようです。

ぜひ、読んでみてください。

 

私の「夜回り先生シリーズ」、最後の本です。

新刊です

明日から、一斉に全国の書店に配本が始まる私の新刊です。

水曜ぐらいの都市部の書店から始まり、金曜日には、全国に展開されます。

 

この本は、私のいのちの講演です。

すべての人に、子どもたちに、特に苦しんでいる人たちに読んで欲しい本です。

 

高校での実際の講演会を原稿として起こし、それに加筆し編集したものです。

 

多くの人の心に届くことを願っています。

死を語る子どもたちへ

子どもたち、君たちは自分に自信がありますか。

 

今私は、自分に自信を持つことのできない子どもたちが増えていると感じています。当然だと思います。今、日本の多くの子どもたちが、家庭でも学校でも、いつも、「こんなこともできないのか」、「何をやっているんだ」、「こんな点数をとって」、「のろのろしない」、「しっかりしろ」、「がんばれ」などと、今の自分を否定され続けています。これが続けば、「自分はだめなやつだ」、「どうせ何をやってもむだ」、「自分なんていないほうがいいんだ」などと、自分の存在自体を否定的に考えてしまうでしょう。すべては、親や先生、私たち大人の責任です。私のもとには、このように育てられ、生きることの意味を見失った多くの子どもたちから、相談が来ます。みんな哀しいメールです。

 

 子どもたち、君たち一人ひとりに聞きたいことがあります。特に自分に自信を持つことのできない子どもたちに。君たちは、そんなにだめな人間なのですか。私は、そうは思いません。子どもたち、私はかつて、大震災の被災地、宮城県石巻市に行ってきました。そこで、ある宗教団体の青年部の若者たちが、必死にがれきの片付けや被災した家の中の掃除をしていました。からだの大きい体力のある若者たちは、がれきの片付けを、女の子たちは、家の掃除をしていました。中には車いすの若者もいて、彼は、家の前の道路に直に座り、家から運び出されたゴミの中から、写真や使えるものを選別し、段ボールにつめていました。

 

みんなに、「つらいかい」と聞いたら、彼ら全員が首を横に振りました。うれしかったです。彼ら一人ひとりが、自分への自信で輝いていました。子どもたち、特に悩んでいる子どもたち、なぜ彼らが生き生きと輝いていたのかわかりますか。それは簡単です。自分たちが、困っている人たちのために何かをしている。それがきっとだれかを幸せにできる。自分たちの存在は、人のために役立っている。こう彼らが、自分自身について考えていることが、彼らの自信につながっているのです。

 

 子どもたち、君たち一人ひとりは、宇宙にたった一人しか存在しない大切な宝物です。また、君たちは、洋服は変えることができても、君たち自身を捨てることはできません。自分から逃げることはできません。

 

まずは、子どもたち、人のために、何かをしてみよう。道路のゴミを拾う。バスや電車でお年寄りに席をゆずる。友達にやさしいことばをあげる。なんでもいいんです。返ってくる「ありがとう」のことばが、君たちに自分自身への自信を、生きていることの意義と意味を必ず教えてくれます。多くの人が待っています。

 

また、お願いです。

今、死を語り死へと向かう子どもたち。

 

私の新刊、「もうすぐ死に逝く私から、今を生きる君たちへ」、来週には、書店の店頭に並びます。それを読んでみてください。そこには、人はなぜ生きなくてはならないのか。自ら死を選んではいけないのか。その答えがあります。

 

死は、自ら語り求めるものではありません。いずれ自然に来るのですから。人に許されるのは、今、生きている今をどう生きぬくか。それしかないのです。また、そこに、人の最高の幸せがあるのです。