夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

墓参り

先週末、お彼岸から久しぶりに墓参りに行ってきました。

 

水谷の墓は、横浜の南太田駅の近く「大光寺」という寺にあります。山の上の墓地で、墓からは横浜の下町がよく見えます。ただ、隣は首都高速、地下は京浜急行のトンネルと、なかなか騒がしい場所です。

 

墓を掃除し、墓所を掃き清め、お参りしてきました。

 

墓には、私を育ててくれた祖父母が眠っています。貧しさの中でも、いつも守ってくれた二人、でも明治の人で、厳格だった二人。今の私は、この祖父母がいなかったら存在していません。

 

墓に、二人が大好きだったおはぎを捧げ、墓の前で、幼い頃の思い出に浸りました。祖父母は、明治、大正、昭和と三代にわたって生きぬいた人でしたが、私も、昭和、平成、令和と三代を生きることとなりました。長く生きた気がします。

 

今週末からは、また講演が始まります。

声なき声を聴く

私は、ずっと高等学校で教員をしていました。その教員生活で、子どもたちとの関わりの中で、一番気を使っていたのは、声なき声を聞くことです。

 

声なき声、そう言われても、みなさんはわからないと思います。

説明します。たとえば、ホームルームで何かを決めるとき、元気のいい生徒たちは、様々な意見を出してくれます。でも、生徒たちの中には、まだまだ自信がなくて、自分の意見を人の前で言うことのできない生徒もいます。

こんな事がありました。修学旅行にどこに行くかをクラスで決めるとき、声の大きい、元気のいい生徒たちが、沖縄に行きたいと積極的に提案しました。そして、他の生徒たちに、威圧的に「みんな沖縄でいいよな」と、圧力をかけていました。

私は、白い紙を、すべての生徒に配り、匿名で、○か×で多数決を取りました。結果は、沖縄に行くことに○をつけたのは、彼ら数人でした。

 

自分の意見を言わないと言うことは、自分の意見がなくて何も考えていないと言うことではありません。意見を言わない生徒たちにも、自分の意見はあります。ただ、それを出すことができないだけなのです。私は、これを声なき声と呼んでいます。

 

今、私たちの日本で、この声なき声がとても粗末にされていると私は考えています。

 

たとえば、選挙です。日本の大きな選挙のほとんどの投票率がどんどん下がってきています。そして、時には、半数程度、いや半数以下の人たちの投票で、この国の明日を作る議員たちが選ばれています。

多くの強い人たちは、選挙に行かないことは、この国のことを考えていないからだ。そんな人のことは考えなくていいといいます。でも、本当にそうなのでしょうか。

この国の、自分の明日を委ねるのにふさわしい政党や人がいれば、きっともっと多くの人が投票に行くはずです。この低い投票率は、まさに国民の声なき声なのではないでしょうか。

 

先日の東京都議会選挙でも、投票率は、50%を切りました。これは、東京の有権者の半数以上が、実は、政治や選挙には、興味や関心がなく、ただ、今の自分の生活が守られればそれでいいと考えている、いい加減な人たちだということでしょうか。私は、違うと思います。投票に行かなかった人たちにも、それぞれ考えと思いがあるのです。

みなさん、お願いがあります。みなさんの周りには、きっとたくさんの自分の意見をなかなか表現できない、出すことのできない人たちがいます。その人たちの声を感じる人となってください。

動物はお金で買うものなのか

今日は、「日本エイズフォーラム in 横浜」を横浜YMCAから発信したため、久しぶりに横浜の観光地伊勢佐木町に行ってきました。車で行ったのですが、駐車場までの帰り道にベットショップがありました。私も、ウサギのぐみちゃんを家族の一員としているので、興味があり、生まれて初めてペットショップに入りました。

 

20万円、30万円と信じられないような値札を付けられた子猫や子犬、数万円の値札を付けられたウサギが、ゲージの中に閉じ込められていました。幼いうちに親から離され、狭いゲージで飼い主を待つ。耐えられない景色でした。

 

実は、私は、三歳で父親を亡くしています。母は、一人では、私を育てることができず、私を山形の祖母の実家に預けました。そこでの私の名前は、「水谷修」ではなく、「三千円」でした。それは、母が、毎月私の養育費にと仕送りしてくるお金が三千円だったからです。昭和三十四年のことです。当時の母の給料は月六千円。母は、その半分を私のために送ってくれました。

 

当時のことは、思い出したくもありません。私は、部屋もなく、いつも蚕棚で生活していました。夜寝返りを打ち蚕を潰してしまえば、一匹の絹を取るお蚕様の命は、私の命より重いものでした。ご飯を食べさせてもらえません。当然保育園にも通えず、朝から、畑の水やり、草むしり、奴隷のような日々でした。

 

みなさん、名前を呼んでもらえない哀しみがわかりますか。しかも、「三千円」と呼ばれることのつらさが。

 

ゲージの中の動物たちを見て、当時の自分の姿と重なり涙が止まりませんでした。

 

お願いです。動物をお金で買うことは止めましょう。命をお金で買ってはいけないのです。どうしても欲しければ、捨てられて命を奪われている動物たちを手に入れて、その命を守ってあげてください。

 

動物は、命は、お金で買うものではありません。

 

日本エイズフォーラム In 横浜

明日から、日本エイズフォーラムが横浜で始まります。

残念ながら、昨年に続き今年も、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、Zoomでの配信となります。

 

私は、8日(日)の午後1時から、友人の岩室医師、大切な仲間のダルクの五十畑さんとの対談となります。

 

多くの方に見ていただきたい内容です。

 

ぜひ、ホームページがありますので、そこから参加してください。

特に中高校生には、必ず見て欲しいです。

大学、前期レポートの採点

昨日夜から、花園大学の学生たちのレポートの採点を始めました。

私は、花園大学では、すでに14年間教壇に立っていますが、毎年学生の質が上がってきていることを実感しています。

 

欠席数で単位未習得となる学生も、圧倒的に減り、レポートを読んでも、真面目に授業に取り組み、文献を読み込んでいることがわかります。

 

ただ、未だにネットからの引用でごまかそうとする学生もいます。哀しいことです。

採点する我々教員から見れば、みえみえなのですが・・・。

 

今日は、一日読み続けます。一気に採点しないと、評価にむらができてしまいます。頭の疲れる一日になりそうです。

 

追伸

 

講演会の依頼が続いています。すでに9月は、ほぼ全日、講演と移動になりました。やっと私のしごとも通常に戻りそうです。二度目のワクチン接種もすでに終わっています。日本中を走り回ります。