夜回り先生 水谷 修
公式ブログ

Osamu Mizutani Official BLOG

今、死を語る子どもたちへ

今日、今届いたメールを、そのままここにのせます。

彼女には連絡し、掲載の許可をもらいました。

今を苦しむ子どもたちの役に立つならと快諾してくれました。

 

読んでみてください。そして、生きてください。

 

まずはじめに。相談ではありません。感謝を伝えたく、名前を検索したところHPがヒットし他の連絡手段が見つからなかったためこちらに送らせていただきます。もし目に止まったらこんな人もいたのかと、読んでいただけたら嬉しいです。
中学生の時漠然と生きているのが馬鹿らしくなり、自分の過去(父親の酒癖のせいで母、そして私にまで手を上げるようになり別居)や友達関係全てに関して誰にもわかってもらえない気がして言葉にするのもいやで誰にも相談せず本当に漠然と生きなくてもいいのでは、と思い始めました。
そして高校へ進み高校2年生の夏休み前、夏が始まるかなくらいの季節、耐えきれずリストカットやODをはじめました。とにかく気をまぎらわせたかった。死にたい訳ではなく、生きていたくないという感覚。
詳しい時期や何で水谷先生を知ったかは忘れてしまいましたが本を読み先生を知り、東京に住んでいたこともありいつか話を聞いてもらいたいと思いながらことある事に先生を思い出していました。
言葉や、こどもそして人の命を大切にする大人の存在、もしどうしても自分じゃどうにもならなくなったらどこかで助けてもらえるかもしれないという変な安心感、たくさんの思いから希望というか、ほんの少しですが光が見えたというか助けられました。
その後も色々ありました。私を大切にしてくれる母の助言で通信制ではありますが高校を卒業、大学は中退しましたがその頃からお付き合いしていた方と昨年結婚して、その数カ月後子供を授かり、その子が6ヶ月を過ぎました。
本当にここまで色々ありました。そして高校生だったあの頃から3回どっぷり先生に浸かり色々な媒体で接して、会うことはなかったですが、とても助けられました。
あの時死んでいたら、何もかも絶望に終わり母に相談できずそのままになっていたら、今のこの溢れんばかりの幸せはありません。
娘は、私を見てニコニコ笑います。お昼寝や夜寝る時は私以外は受け付けません。号泣モードになったときも。
私は私を必要として守ってくれる人と共に生きたかった。夫が支えてくれた10年、そして娘が求めてくれる6ヶ月、この幸せを心から先生に感謝したいです。
娘が成長したら、私の腕を見て何を思うか今から不安です。太ももにあるキズは?なんと説明したらいいか分かりません。でも、後悔はしてないんです。これがあるから私は今生きている。
このキズをきっかけに人生には色々あること、信じていてもうまくいかないこともある、自分に悪意を持って接してくる人もいる、危害を加える人もいる、ただそれだけではなくあなたを愛し大切に思いそばにいたいと思ってくれる人もいるんだよ、そして何より私はあなたになにがあろうと、あなたが何をしようと、あなたがどう生きようと、味方でいる。と伝えられたらなと思っています。

長くなりましたが、先生が夜回り先生として生きて活動してくれるおかげで私は抱えきれないほどの幸せをもち生きてます。
あのとき先生の本とめぐりあえてよかった、先生の言葉とめぐりあえてよかった。
これからもどうぞお体に気をつけて、こんなご時世ではありますが自分の時間も大切に元気で子供たちを救ってください。
ありがとうございました。

 

子どもたち、死は、何の解決にもなりません。

死は、求めなくてもいずれ訪れます。

生きること、ただ生きぬくこと。

明日は、必ず来ます。

 

 

明日からは・・・

明日からは、石川県、岐阜県、東京都と、五日間の連続講演となります。一年半ぶりの連続講演です。多くの出会いがあると思います。楽しみです。

 

研究所の相談体制については、すでに万全の準備を済ませました。他機関との連携体制も確認し、緊急の際は、警察、救急との直接のラインも設定しています。

 

昨年は、この期間に私が関わった子どもたちで死者は一人も出ていません。事務所開設以来、はじめてでした。今年も、一人の子どもの命も失うことのないように祈っています。

一通のメール

ついに、子どもたちの命の相談を受けている私たちにとっては、最も緊張する一ヶ月が始まりました。中高生の自死が最も多い一ヶ月です。

私の元にも、死を求めるたくさんの子どもたちからのメールが続いています。

そんな中、一通のメールが届きました。私が、9年前に関わった少女からのメールです。それを、そのままのせます。

 

生きること、生きぬくこと。どんなに今がつらくても、苦しくても、必ず、新しい日々は来ます。生きてさえいれば。

 

 

水谷先生、こんばんは。
私は先生に助けられた1人です。

中学一年生の頃一度メールを送ったの。
耐えきれない人間関係のグチャグチャや
自分が今していることの愚かさ
でもやめられない悪循環。

自分のことが大嫌いで繰り返すクスリと売春
正確には水商売だけど
13歳のあたしにはお酒を飲むことより
体を差し出すほうが簡単だったから。
店に来る客とお金をもらってセックスして
何に使うわけでもない万札が1枚づつ溜まっていくのを毎日見ながら
家に帰って死にたいってボヤッと思う毎日で
そんな時見た夜回り先生のドキュメンタリー
気付いたらメールしてて。

クスリやめたい。
体が汚い。もう無理かもしれない。
って。
そしたらね、テレビで言ってたみたいにほんとにすぐ返信が来た。
そのとき、あぁ今私はさっき見たテレビの先生と繋がってるんだ。って安心した。

今でもたまにこの世界が嫌になって
もうなくなっちゃいたいって思ったりして
弱い自分が見え隠れするけど
だけど死のうとは思わないの。

先生に助けて貰ったその頃のあたしにはきっと死ぬ勇気なんて無かったけど、その返信がなかったらほんとに死んでたかもしれない。
だけどね、
13歳だったあたしも、22歳の年になったよ
リスカの傷もほとんど見えない
クスリが目の前にあっても手をつけなかった
死にたいなんて思ってベランダに5時間いたり
異性に抱かれてボーッと天井を見上げる日々ももう無い。

ありがとう。ほんとに。

子どもたちへ

新型コロナウィルス感染拡大が続く中、多くの尊い少年のいのちが失われています。哀しいです。

 

子どもたち、君たちは、あまりにも生きている時間がまだ短い。すなわち、人生の経験が少ない。だから、とても、考えることが単純で過激です。

 

一人の大人から嫌な思いをさせられたり、裏切られれば、「大人なんて」と、すべての大人に背を向ける。一人の先生とぶつかれば、「学校なんて、先生なんて」と、こころを閉ざし逃げる。一人の友だちを失えば、「私は、孤独、死にたい」と、落ち込む。

 

でも、子どもたち、この世には、何人の大人がいるのですか。君の学校には、何人の先生がいますか。友だちは、何人作ることができるのですか。

 

子どもたち、お願いです。一人の大人、たとえ親から、嫌なことをされても、大人に背を向けないでください。回りの大人たちに、それを訴え、救いを求めて下さい。

 

確かに、世の中には、悪い大人はいます。でも、その数十倍、数百倍のいい大人たちが、必ず君に救いの手をさしのべてくれます。

 

子どもたち、お願いです。学校で、先生とぶつかっても、こころを閉ざさないで下さい。校長先生や他の先生がたに、泣いていい、叫んでいい、救いを求めて下さい。救いは必ず来ます。

 

一人の友だちを失ったからと、「死にたい」と言わないでください。そんなときこそ、多くの回りの仲間たちに、たくさんの優しさを配って、新しい友だちをたくさん作るのです。

 

子どもたち、人は、人と人との直接の触れあいの中でしか、自分を磨くことはできません。明日をつくることはできません。どんなにつらくても、厳しくても、人との触れあいを、自ら断ってはならないのです。それは、君たちの明日を汚し、奪ってしまうことになりますから。

 

私は、中学の時、二年間、完全にこころを閉ざしました。ある教員からの、理由のない暴力が原因でした。だれとも話をすることを止め、中学にも試験の時以外は行くことを止め、ただ図書館に通い、勉強と読書。確かに得たものもたくさんあります。たくさんの知識と論理性。社会的に恵まれない人たちへの優しさ、権力を振り回す人への怒り・・・。今の、私の活動の基本は、このときに作られたと思います。

 

しかし、失ったものも多い。人との協調性や多くの友人、思い出・・・。

 

子どもたち、だれからであれ、どんなに嫌な思いをさせられても、絶対にこころを閉ざさないでください。死なないでください。ともかく、一人でも多くの人に、救いを求めて下さい。救いは、必ず来ます。

昨日の講演

昨日は、埼玉県深谷市で、しないの小中学校の先生方への講演でした。

新型コロナウィルス感染拡大の中ですから、会場には、40数名の参加者で、会場からZoomで各学校に配信しての講演会でした。

 

熱心にメモを取りながら聞いてくれる先生方の姿に、私も熱くなり、私には珍しく予定をオーバーしてしまいました。

 

講演前には、深谷市の教育長さんとお会いしお話ししたのですが、子どもたちや先生方、また教育への熱い想いと志を持った素晴らしい人でした。

 

そのような中、旭川市の中学校でのいじめ事件についての話となったのですが、私たち教育の現場にいるものからみても、報道されている内容は、考えれないありえない内容です。特に、中学校の管理職や教員の、被害生徒や親に対する対応は、まず普通はあり得ないものです。一日も早く、きちんと真実が明らかになり、関係者が責任を取ることを求めます。