夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

ついに新学期が始まりました

子どもたち、新型コロナウィルス感染拡大の中での自粛要請も解け、ついに新学期が始まりましたね。中学や高校に進学した子どもたちは、新しい学校で新たな日々を迎えることになりますね。進級した子どもたちも、新しいクラスで新しいメンバーで一年をはじめることになります。ほとんどの子どもたちは、たくさんの期待でこころがいっぱいだと思います。新しい先生たちとの出会い、新しい友だちとの出会い・・・。中には、ちょっと不安を抱えている人もいるかもしれません。

私は、教員時代、新学期がとっても好きでした。どんな子どもたちとの出会いがあるのか、またどんな新しい先生がたとの出会いがあるのか。いつも、一年の中で最もこころがはずむ時でした。

子どもたち、特に昨年度いじめに苦しんだり、学校に通えなくてつらかった子どもたちにとっては、新学期は、希望の時だと思います。新しい仲間や先生と新しい学校生活を、楽しい幸せな学校生活をはじめることができるのではないか。そう夢を持っている子どもたちも多いと思います。私の関わっている数多くの、いじめや不登校に苦しむ子どもたちも、この新学期を待っていました。やり直しの復活のきっかけとしようと。

新学期を迎える子どもたちに、私から忠告があります。春は、こころがとても活発になる季節です。また、新しい出会いは、何か人のこころをはずませます。そして、どうしても活発に動いてしまいます。この理由は、わかります。長い寒い冬の間、家や部屋に閉じこもっていることが多かったのですから、春になれば飛び回りたくなる。ましてや、今年は、三月末から今まで学校に通うことができませんでした。無理をありません。

特に、いじめや不登校の経験のある子どもたちほど、新しい環境で活発に動きたくなります。新しい部活に入り、クラスでは委員を引き受け、できるだけ多くの友だちをそれもできるだけ早く作ろうとする。そして、焦りすぎ自らつぶれていってしまう。私は、高校の教員時代、このような子どもたちを多く見てきました。

子どもたち、寒さでかじかんだからだを急に動かしたらどうなりますか。からだがぼろぼろになってしまいます。きちんとゆっくりからだを慣らさなくてはなりません。新学期の君たちも同じです。特にいじめや不登校で苦しんだ子どもたち、無理はしないこと。まずは、日々学校に通いながら、先生やクラスの仲間たちの話をゆっくり聞いてごらん。時にうなずき、時に哀しい顔で。ただし、毎日だれかに優しさを配りながら。クラスや人のために何かをしながら。そして、待ってごらん。必ず、君の回りに本当の優しさを持ったこころの友人が集まります。

自粛宣言が解除されました

長く続いた新型コロナウィルス感染拡大予防のための外出自粛宣言が解除されました。多くの人たち、子どもたちが待ち続けた日です。

 

そういえば、私は、だれかとと出会っただけで、だいたいその人のこころやからだの様子を想像できます。もう六十万人近いさまざまな問題を抱えた子どもたちと関わってきましたから。

覚せい剤やシンナーの乱用を止められなくて苦しんでいる人たちは、簡単にわかります。薬物乱用者特有の目と歯や歯ぐきの様子でわかります。すぐに名刺を渡し、「連絡しなさい。そのまま乱用を続ければ死ぬよ」と声をかけます。みんなびっくりしています。

親からの虐待や学校でのいじめで苦しむ子どもたちも、すぐにわかります。目から輝きが消え、そしてきちんと私の目を見て握手することができません。後ろ姿も背が丸くなり、そして力が抜けています。すぐに名刺を渡し、「つらかったね。相談してね。いっしょに明日を作ろうね」と声をかけます。ほとんどの子が泣きます。

いじめをしたり、非行や犯罪を犯している人たちもすぐにわかります。目に落ち着きがなく、おどおどしていますから。変に突っ張っていても、目には哀しさが見えますから。すぐに名刺を渡し、「昼の世界に戻ろう。戻れるよ。連絡しなさい」と声をかけます。

不登校やひきこもりの子どもたち、大人たちも、すぐにわかります。いつも力を入れて歩いたり、動いたりしていませんから、歩く姿もからだも丸くなり、力が抜けています。目も、何かをいつも気をつけてみていませんから、力が抜けています。すぐに名刺を渡し、「動こう。いっぱいからだ動かそう。そして、人のために何かしてみようね」と声をかけます。みんな下を向いてもじもじしています。

今のみなさんの姿はどうですか。鏡に自分の姿を写してみてください。目、輝いていますか。からだに力が入っていますか。手をぎゅっと力を入れて握ることができますか。多分、この自粛の中で、だいぶこころもからだも痛んでいるはずです。

みなさん、すぐに外に出てみてください。ただし、マスクは付けて。そして、大きく手を振って、顔をあげて、しっかり歩くことできますか。もし、どれもできなかったら、それは、何かに苦しみ悩んでいるからです。その悩みや苦しみをすぐに取り去るために、お願いです。まずは、服装をきちんとした、そして明るい服に替え、外に出て、大きく手を振り、大きく息を吸い、散歩してみましょう。美しい花や美しい木々をゆっくり眺めましょう。家に戻ったら、体操です。からだをうんと動かしてごらんなさい。それだけで、必ず少し楽になります。そしたら、今の自分の悩みやつらさを、回りの人たちにきちんと相手の目を見て伝えてごらんなさい。きっと解決します。

 

こころの免疫力

先生がたや、保護者の方々に聞きたいことがあります。それは、自分のクラスの生徒や、自分の大切な子どもが、いじめにあう可能性のある子どもかどうかを、きちんと見極めることができますか、ということです。多分、ほとんどの先生や保護者は、そんなことができるわけがないと答えるでしょう。でも、それは、間違っています。私は、いじめられる可能性のある子どもを、教員としても、保護者としても、見分けることができます。

みなさんもご存じの通り、私たちのからだには、免疫力や抵抗力が備わっています。風邪やインフルエンザのウィルスや、様々な細菌が、私たちのからだの中に入ってきても、私たち自身が、日々規則正しい生活を過ごし、きちんと栄養を取り、そして、日々楽しい生活を過ごして、健康でいれば、私たちが意識しなくても、からだの中では、それらのウィルスや細菌の侵入を防ぎ、そしてもし入ってきてしまっても、いち早く滅ぼそうという戦いが始まります。ところが、不規則な生活を過ごし、こころに何か問題を抱えて苦しめば、その人のからだの免疫力や抵抗力は低下します。そして、ウィルスや細菌が、からだの中の戦いに勝利をおさめ、私たちは、病気になってしまいます。

この免疫力や抵抗力は、私たちのからだの中にだけあるのではありません。私たちのこころにも、様々な外からのこころへの攻撃に対する免疫力や抵抗力があります。実は、このこころの免疫力や抵抗力が弱まっている子どもが、多くのいじめの問題の場合、いじめの対象となってしまいます。

からだの免疫力や抵抗力と、こころの免疫力、抵抗力は、それぞれが全く関係のない別なものではありません。完全に一つのものです。からだの調子が悪かったり、病気になっていたら、こころも病んでいきます。考えることは、暗いことばかりになってしまいます。逆に、こころが、いじめや様々な問題で苦しみ、追い詰められれば、からだの免疫力や抵抗力も低下し、からだも病んでいきます。私は、この体やこころの免疫力や抵抗力を、「生きる力」と呼んでいます。この子どもたちの「生きる力」の状態がわかれば、いじめられる可能性のある子どもを見分けることができます。

私は、教員時代、始業式の後、初めて担任するクラスの子どもたちと教室で自己紹介をするとき、必ず一人ひとりの生徒と握手をしました。それも力を入れて。この握手に力強く答えてくれる生徒は、「生きる力」の強い生徒です。また、生徒たちに自己紹介してもらうとき、自分の名前を大声で言ってもらいました。大声で答えることができず、ぼそぼそ小さい声で答える生徒は、「生きる力」の弱い生徒です。このようにして、「生きる力」の弱い生徒を見つけ、そしてその生徒を、まずはいつも側に置き、関わりを絶やさず、いじめの防止や早期発見と対処に努めました。

そうだ、保護者の皆さん。そろそろ学校がはじまります。子どもたちが学校から帰ってきたら、二つのテストをしてみてください。一つは、私がしたように、「お帰り」と大声で叫び、強く握手をすること。「ただいま」と大きな声で返事し、手を強く握り返してくれれば、いじめにあっていない証拠です。「生きる力」が満ちています。もう一つのテストは、次の休日です。グラントや公園に家族みんなで出かけ、みんなで全速力で走り回ってください。それができれば、大丈夫でしょう。

この国に正義はあるのか

法務省の幹部、しかも検察幹部が、新型コロナウィルス感染拡大予防のための自粛期間中に、新聞記者と賭け麻雀をし、辞職しました。

この問題に関して、警察も検察も特に動いていないようです。納得できません。

だいぶ前ですが、神奈川県の有名な高校で、サッカーのワールドカップの時に、百名をこす生徒たちが、それぞれ100円程度のお金をかけてその予想と賭けをしました。それを知った教員は、どう対処するべきか悩みながら、その事実を警察に伝え、関わった生徒たちを警察に自首させ、そして家庭裁判所に送り、指導を受けさせました。私は、当時、横浜の生徒指導担当の教員としてこの事件に関わりましたが、この教員も関わった私たちも多くの非難を受けました。特に教育委員会からは、事を大きくしたと相当圧力をかけられました。しかし、警察や家庭裁判所の関わりの中で、ほとんどの親や生徒たちは理解してくれました。間違いは、過ちは必ず正さなくてはならない。それをわかってくれたからです。ここに正義があります。

しかし、今回の場合、賭け麻雀という違法行為をしたにもかかわらず、検察幹部も新聞記者たちも自首していません。レートが低いからというとんでもないことを国会で発言する人さえいます。どんなレートであれ、賭け麻雀は違法行為です。これを認めてしまえば、あの時私たちの指導で自首した多くの生徒たちに何と説明したら良いのでしょう。ここに正義はありません。

お願いです。この賭け麻雀をした人たちへのお願いです。すぐに警察に自首してください。違法行為をしたのですから。そして、正義の裁きを受けてください。正義の存在を信じる子どもたちのために。

それができないならば、この国の政治と法と報道には正義が消えたことになるでしょう。

少なくとも、この問題が解決するまで、私は、産経新聞と朝日新聞は一切読みません。また、検察官も警察官も信じません。

きついことを書きます。もし私が麻雀ができたら、明日から警察署の前で、今回のレートと同じ金額で賭け麻雀をしたいぐらいです。どうせ、逮捕できないのですから。こんなことが許されて良いのでしょうか。

間違いは正さなくてはなりません。法を破れば、その罰は受けなくてはならないのです。

ことばは恐ろしいものです

ことばというものは、恐ろしいものです。言霊(ことだま)と昔の人は言いましたが、命を持っています。ある一言が人を死に追いやったり、あるいはある一言が、人に喜びと生きる力を与えたりします。

みなさんは、このことばの恐ろしさに気付いていますか。

私の元には、「死にたい」というメールが、日々刻々途切れることなく届いています。中には、「これから死にます」という内容のメールも数多くあります。私は、今まで、このように死を語る多くの子どもたちと、電話でそして直接話をしてきました。私は、この子どもたちに必ず聞きます。「本当に死にたいの」、「本当にこれから死ぬの」と。子どもたちは必ずこう答えます。「本当は死にたくない。生きたい。助けて欲しい」と。

かつて、奈良県で、3人の人が首を絞められ殺されました。あるホームページに、「殺して」と書いたせいで。また、一人のこころを病んだ女性が、携帯の自殺請負サイトに、「死なせて」と書いたせいで、ビニール袋を頭にかぶせられ殺されました。毎年のように日本で、「死にたい。死のう」と、ブログや掲示板に書いて、練炭火鉢で自殺しています。でも、本当に彼らは死にたかったのでしょうか。ことばは、そのことばを言った人に、その責任を取らせます。死を語ることは、死へと近づいていくことです。

今も、SNSへの心ない投稿によって、一人の若い女性が自殺したと報道されています。

私は、多くの人たち、特に若者たちがインターネットや携帯電話、メールを使うようになって、どんどんことばを軽く使うようになったと、考えています。

みなさんは、誰かに面と向かって、「お前を嫌い」とか「お前なんて死ね」と言うことができますか。まずできないでしょう。でも、いろいろなインターネットのサイトやSNS、メールではどうですか。日々数え切れないほど、多くの人たちが、このことばを使っています。そして、傷つけあい、今回のように、死へと追いやられる人までいます。哀しいです。

ただ、頭に浮かんだ想いを、すぐにことばにして、感情的に相手にぶつけていく。そのことばが、どれだけ相手を傷つけるかも考えずに。哀しいです。みなさんは、していませんか。

私は、メールや電話では、事務的な事以外はほとんど話はしません。絶対に、自分の想いを語ったりはしません。直接会って話すときですら、こころを想いを伝えるために、ことばをできるだけ使いません。哀しい顔やうれしい顔で、こころや想いを伝えようとしています。

みなさん、ことばを減らしませんか。ことばを選びませんか。でも、美しいことば、楽しいことば、優しいことばは、どんどん使いましょう。みなさんを、どんどん美しく、そして楽しく、優しくしてくれます。