夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

ことばは恐ろしいものです

ことばというものは、恐ろしいものです。言霊(ことだま)と昔の人は言いましたが、命を持っています。ある一言が人を死に追いやったり、あるいはある一言が、人に喜びと生きる力を与えたりします。

みなさんは、このことばの恐ろしさに気付いていますか。

私の元には、「死にたい」というメールが、日々刻々途切れることなく届いています。中には、「これから死にます」という内容のメールも数多くあります。私は、今まで、このように死を語る多くの子どもたちと、電話でそして直接話をしてきました。私は、この子どもたちに必ず聞きます。「本当に死にたいの」、「本当にこれから死ぬの」と。子どもたちは必ずこう答えます。「本当は死にたくない。生きたい。助けて欲しい」と。

かつて、奈良県で、3人の人が首を絞められ殺されました。あるホームページに、「殺して」と書いたせいで。また、一人のこころを病んだ女性が、携帯の自殺請負サイトに、「死なせて」と書いたせいで、ビニール袋を頭にかぶせられ殺されました。毎年のように日本で、「死にたい。死のう」と、ブログや掲示板に書いて、練炭火鉢で自殺しています。でも、本当に彼らは死にたかったのでしょうか。ことばは、そのことばを言った人に、その責任を取らせます。死を語ることは、死へと近づいていくことです。

今も、SNSへの心ない投稿によって、一人の若い女性が自殺したと報道されています。

私は、多くの人たち、特に若者たちがインターネットや携帯電話、メールを使うようになって、どんどんことばを軽く使うようになったと、考えています。

みなさんは、誰かに面と向かって、「お前を嫌い」とか「お前なんて死ね」と言うことができますか。まずできないでしょう。でも、いろいろなインターネットのサイトやSNS、メールではどうですか。日々数え切れないほど、多くの人たちが、このことばを使っています。そして、傷つけあい、今回のように、死へと追いやられる人までいます。哀しいです。

ただ、頭に浮かんだ想いを、すぐにことばにして、感情的に相手にぶつけていく。そのことばが、どれだけ相手を傷つけるかも考えずに。哀しいです。みなさんは、していませんか。

私は、メールや電話では、事務的な事以外はほとんど話はしません。絶対に、自分の想いを語ったりはしません。直接会って話すときですら、こころを想いを伝えるために、ことばをできるだけ使いません。哀しい顔やうれしい顔で、こころや想いを伝えようとしています。

みなさん、ことばを減らしませんか。ことばを選びませんか。でも、美しいことば、楽しいことば、優しいことばは、どんどん使いましょう。みなさんを、どんどん美しく、そして楽しく、優しくしてくれます。