夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

久しぶりに夜間定時制高校に

4日月曜日は、大阪の夜間定時制高校で、講演をしてきました。久しぶりです。

 

夜間定時制高校の生徒たちへの講演、こころを込めて話してきました。

 

現在、数多くの通信制高校ができ、夜間定時制に進学する生徒が全国的に減っています。

確かに通信制高校には、独自の良い点があります。ただし、直接の仲間との出会い、触れあいは、どうしても希薄になってしまいます。

 

夜間定時制高校には、外国人の生徒たちや20代の生徒たちもたくさん在籍していました。国を超えた触れあい、世代を超えた触れあい。夜間定時制高校ならではの教育の特徴です。

 

私は、すでに67歳。教団に戻ることの無理な年齢になってしまいました。でも、再度夜の教室に立ちたい。そんな想いがこみ上げてきました。

 

 

暑さで参っています

先週は、東北、岩手県盛岡市での講演でした。

暑さの中での移動に次ぐ移動、さすがに参りました。

 

明日からは、大阪です。二日間で五本の講演会です。

何とか体力を取り戻し、こころを込めた講演をしてきます。

 

特に、最後の講演は、大阪府立の夜間定時制高校での講演です。

どんな生徒たちとの出会いがあるのか、今から楽しみです。

新しい本が出ました

私の新刊「公明党はおもしろい」が全国一斉に発売、配本が始まりました。

 

私は、2002年から20年以上、公明党の議員たちと、この国の子どもたちの命を守り明日を拓くために戦ってきました。特に、3年前からは、選挙の応援も含め、全力で公明党を支えようと動いてきました。

 

この私の活動には、私を信じ指示する多くの人たちから疑問が投げかけられました。なぜ、公明党を応援するのか、なぜ他の党ではなく公明党なのか。

 

私は、今までそれらの問いには答えないできました。それは、逃げていたのではなく、きちんと一冊の本として、私の思いを伝えたかったからです。まさに、そのために書いたのがこの本です。

 

私の生い立ち、青春時代、そして教員時代、戦後政治の中で、公明党がなぜ作られ、何をしてきたのか、そして、私と公明党との出会い、共に戦ったこと、それらをこの本の中に書き込みました。

 

戦後の政治史を知る意味でも重要な本になったと確信しています。

 

私に興味のある方々は、ぜひ読んでみてください。

 

ここに、私がこの本の最後に記した「おわりに」をそのまま転載します。

 

おわりに

 私は、この三十二年間、夜の世界を彷徨ってきた人間です。かつては、毎晩、今は週末、夜の町を朝まで歩き回り、夜の世界の子どもたちに声をかけ、昼の世界に戻してきた人間です。また、二十三年前に、夜の暗い部屋で明日を見失い、リストカットを繰り返し、死へと向かう子どもたちの存在に気づきました。その子どもたちの命を守るため、水谷青少年問題研究所を開設し、そのメールアドレスと電話番号を公開し、子どもたちからの命の相談に向き合ってきました。夜回りをしない夜の時間は、その子どもたちの命の相談に答える時間です。ある意味で、私は、夜眠ることの許されない人間です。

 三十二年も夜の世界を生きてきたわけですから、当然、夜の世界の主人公である暴力団とも数え切れないぐらいぶつかってきました。それでも、殺されることなく生きぬいてきました。どうして生き残れたのか、みなさんはわかりますか。

 その理由は簡単です。私は、夜の世界で、生きる人たち、子どもたちを否定したり、叱ったりしたことは一度もありません。夜の世界の大人たち、子どもたち、本当は、みんな昼の世界で明日を夢見て幸せに生きたいのです。ところが、家庭環境や酷い大人たちとの出会い、貧しさの中で、昼の世界から捨てられてしまったのです。彼らを捨てたのはだれでしょう。私は、私たちが作ってしまったこの社会だと考えています。そして、その社会の一員である私も、彼らを夜の世界に追い込んだ加害者の一人だと考えています。だからこそ、彼らを叱ることなどできなかったのです。加害者の一人である私にとって、夜の世界でできることは、彼らに寄り添い、共に生き、何とか、明日への夢を再度作り出すことしかありませんでした。

 忘れることのできない思い出があります。もう二十年以上前の出来事です。私が、東京渋谷で夜回りをやっていたときです。渋谷を当時仕切っていた暴力団の組長とセンター街で鉢合わせしました。彼は、「先生、少し話をしよう」と私に言って、二人で近くの公園で、缶コーヒーを飲みながら話をしました。彼は、私に言いました。「先生は、面白い人だな。夜一人で、町を回ってガキたちと付き合っている。先生ならもっと楽な生き方ができるだろうに。こんな生活をしている俺だけど、若い頃に先生と出会っていたら、もっとまっとうな生き方ができたかもしれないな」私は、彼に言いました。「まだ間に合うよ」

 今、彼は、私の関係する親のいない、親から捨てられた子どもたちの施設の施設長をやっています。小指の先は、失っていますが、子どもたちに愛され、いつも笑顔で生きています。

 みなさんに知って欲しい。好きで夜の町で生きる子どもたちはいません。好きで、悪さをする子どもたちもいません。好きで、だれかをいじめたり傷つけたりする子どももいません。本当は、どの子どもたちも、暖かい家庭で、親たちの優しさの中で生きたいのです。本当は、どの子どもたちも、学校で、やさしくたくさんの夢を語ってもらって生きたいのです。夜の世界の子どもたちは、人たちは、捨てられた人たちです。捨てているのは、一体だれなのでしょう。

 みなさん、ここまでこの本を読んでお気づきになりませんか。

実は、夜回り先生、水谷修と、公明党は、非常に似ています。私の場合、活動場所は、夜の世界ですが、公明党の場合、昼の世界で、日々公明3000の地方議員たちが、靴底をすり減らして、自分自身の選挙区を歩き回っています。困っている人はいないか、泣いている子どもはいないか、その日の暮らしに苦しんでいる貢献者はいないか、危険な場所はないか、できることはないかと。そして、問題を見つけた場合は、速やかにその解決のために、みんなで協力して、全力で動いています。困っている人たちを責めることなく、否定することなく、まずは温かく受け止め、寄り添い、幸せにしようと。まさに、昼の世界の夜回り先生、これが公明党なのです。だからこそ、私は、私の人生最後の力を振り絞って、公明党を応援しています。

そうだ、最後に一言書かせてください。

夜回り先生はおもしろい。

でも、公明党は、もっとおもしろい。

 

日本大学へのお願い

日本大学の体育系部活の寮内で大麻などの違法薬物を所持していたことで部員が逮捕されました。

 

日本大学は、その部員に対して厳正な処分を行うとしています。

 

そんな中で、この逮捕された部員からの供述で、他の部員の大麻使用していた疑いがあるということで、再度この部員の寮か家宅捜索されました。

 

そもそも大麻は、ほとんどの場合個人使用する薬物ではありません。パーティードラッグとも呼ばれ、複数の中で使用する薬物です。私は、この報道が出てきたときから、まずは相当数の部員の使用を疑っていました。これから、次から次と疑いある部員の名前が挙がり、警察から事情聴取されていくでしょう。

 

この問題を見て行くにつれ、日本大学、多分他の大学の薬物問題に対する知識のなさにあきれます。薬物は、その乱用者の命にかかわるまたそれからの人生の破壊に繋がる危険なものです。どうして、その乱用を予防することができなかったのか。

 

ここから私のお願いを書きます。

薬物、大麻の使用は,そして所持は確かに犯罪です。使用、所持した学生は、法に背いたわけですから、その罪を償わなくてはなりません。これから裁かれることになるでしょう。

ただ、この学生たちを二度罰しないでほしいのです。この問題が起きたことは、その薬物を使用、所持した学生の個人的な犯罪なのでしょうか。それを防ぐためにきちんとした教育をしなかった大学には責任はないのでしょうか。

この学生たちを退学や除籍の処分で抹殺することは簡単です。でも、その切られた学生たちに明日はあるのでしょうか。

 

一度でも預かった学生に対して、大学はきちんと責任を持つべきです。法的な罪を償った学生に対して再度新たに教育を与えるゆとりを持ってほしい。私は、それを日本大学に求めます。

 

それとともに、このような問題を予防できなかった理事長や学長、関係職員にもきちかと責任を取ってほしいと望みます。子どもが罪を犯したら、まずは親がきちんと責任をとることから始めるべきです。私は、そう生きてきました。

 

少し休んでいます

三日前から、体調が悪く休みながら仕事をしています。

 

熱もなく、身体に痛みもないのですが、ただ疲れが酷く身体が重いです。このところ暑い中日本中を走り回ったせいでしょう。

 

そんな中も、相談の連絡は続いています。今年は、コロナが落ち着いたせいか、数は減っています。それでも、薬物問題や命の相談が続いています。

 

もうすぐ、子どもたちの自殺が増える一月が始まります。何とか、丁寧に対応していきます。