夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

6月が終わろうとしています

年を取ったせいか、日日があっという間に過ぎ去っていきます。

今月は、講演自体は少なかったのですが、イタリアからの友人との再会、新刊の打ち合わせ、子ども食堂の支援、選挙の応援と、忙しく動き続けました。今週も、ラジオの収録があります。

 

今週には、私の母の93歳の誕生日があります。何とか、時間を作り、昨日母に、久しぶりに好きなものを食べに行こうと誘いました。母からは、中華料理と。長生きするはずです。私には、油が強いのですが、母の願いです。家の近くにある町中華で誕生会をすることとしました。

 

このところ、気になっていることがあります。選挙を、悪い意味で利用する人たちの姿です。その地域や国をどのようにして良くしていくのかという政策も持たず、酷い場合は、当選することすら望まず、ただ選挙に立候補することを、自分の知名度を上げるためや、偏った主張で世論を混乱させるため、酷いケースでは、お金儲けのために利用する人たちが、悪い意味で目立っています。

私は、この人たちを相手にすることを辞めています。新聞やテレビ等で話すこともしませんし、無視しています。それしか、対処法はないのではないかとすら考えています。

ただ、この背景にあるのは、既存の政治に対する不信感であり、政治家たちには深く反省して欲しいと考えています。

 

私には、この国や地域を変える力や能力はありません。でも、苦しんでいる子どもたちに寄り添い、そのうちの何人かでも笑顔にすることはできます。それを日々繰り返していきます。

明日から沖縄に

明日は、朝一の飛行機で沖縄に向かいます。

今年、4度目の沖縄です。

 

沖縄では、県立高校の生徒指導担当の先生方への講演をしてきます。こころをこめて講演してきます。

 

このところ、社会から孤立した人たちからの相談が増えています。そのほとんどの人たちに共通することは、過去でのいじめや虐待などの家庭の問題を通じて生じた人間不信です。

 

この問題は、残念ながら救いは、自分の中にしかありません。その人自身が再度勇気を持って、人との触れあいを自分から求めていくことの中にしかないのです。

 

でも、それを求めることがいかに酷なことか、それはわかっています。でも、その人自身が歩み出すしかないのです。

 

一歩自分の力で歩き始めてくれれば、そのあとは何とかできるのですが。

 

それをわかってもらえなくて苦しんでいます。

 

本来、私の研究所の対象は、子どもたちなのですが、このところ大人たちからの相談が異常に増えています。

友人とのひととき

私の大学の後輩で友人である安西洋之さんと、3年ぶりに会いました。

 

彼は、大学卒業後、自動車関係の会社に勤め、20代後半にイタリアに移住しました。その後、自動車関係だけではなく、ヨーロッパと日本の文化交流のために活動し続けている人です。

 

彼との、青春時代の思い出話、1990年に私が渡欧し、彼とミラノ、ヴェローナ、ミュンヘン、ウィーン、ブダペスト、ブラティスラバ、プラハ、ドレスデン、ベルリン、ザールブリュッケン、パリと車で回り、東西統合後のヨーロッパ各国の情勢を直接見聞きした時の思い出を、懐かしく語り合いました。

 

また、現在のヨーロッパの状況、日本の状況についても貴重な意見交換をしました。

 

最後は、あと何回会えるかなということばで別れました。

 

思い出は、動いた数だけ残ります。いつか旅立つときのために、まずは今たくさん動いて、たくさんの思い出を作りませんか。同じ場所に立ち止まっていても、なにも残りません。

人はなぜ悩み苦しむのか

 かつて、フランスの哲学者パスカルは、「人は考える葦である」と語りました。これは、名言です。人類が、この地球上でこのように栄えたのは、まさにこの「考える」能力を身につけたからです。

かつて、すべての動物が、日々その日の糧を狩猟、採集し、自然の驚異の中で、ただひたすらその日を生きていました。今も、ほとんどの動物は、そうして生きています。唯一人類は、この「考える」ことによって、食料を自ら農耕によって生産することを手に入れ、さらに道具を使用することで、その生産効率を上げ、その結果、生活の中に「ゆとり」を手に入れ、その「ゆとり」が、さらに「考える」能力を高め、学問や科学を人類にもたらしました。

 

また、生きとし生けるものの中で、唯一人間が作り出した農耕は、富を生み出しました。農耕で作られる穀物は備蓄できます。その備蓄をたくさん持っている人や集団に、それを持たない人や集団は、飲み込まれ、支配されていくこととなりました。こうして、持てる者と持たざる者、つまり貧富の差を生み出しました。富を手にして、富のないものを支配する。これが、古代国家を作りました。

かつて、古代においては、持たざる者は、奴隷として、自由を奪われ、まさに動物のように、ただその日を生きぬくために、働きました。これは、現在も続いています。かつてと比べれば、はるかに自由ですが、それでも、日々生きていくために、自分の時間を、労働というかたちで持てる者に売り、そこから得た収入で生きています。

さて、それでは、この人をしてこの地球の支配者とした「考える」能力は、人にとって幸せなものだったのでしょうか。多くの人は、何をつまらないことを言うのか。幸せに決まっていると答えるでしょう。でも、本当にそうでしょうか。そうだとしたら、この世界に生存する、人以外のすべての生きとし生けるものは不幸ということになります。

こう考えてみましょう。野に咲く花が、温室で最高の環境で育てられている花を羨むことがありますか。野良猫が、家猫を羨むことがありますか。人以外のすべての生きとし生けるものは、その与えられた環境や境遇をすべて受け入れ、その中で必死に生きぬいています。しかし、人は、「考える」能力を持ってしまったが故に、人を羨み、嫉み、自分を否定し、悩み苦しんでいます。この「考える」能力こそが、人に不幸をもたらした元凶といえるのではないでしょうか。

 

人はなぜ悩み苦しむのか。その答えは簡単です。「考える」からです。ただ、ひたすら今を生きる。これが、本来のあるべき姿なのに。

 

私は、「而今」ということばが大好きです。これは、禅宗のことばですが、ただ今をひっしにあるがままに生きる。ここに、悩みや苦しみが入り込む余地はありません。

はぜの木に注意

私の家の庭に、大きなはぜの木があります。

十三年前に、鳥が種を運んできて自然に育った木です。

 

秋の紅葉が、美しく、そのまま育ててきました。

 

はぜの木は、かつてその実からろうそく用のろうを採りました。漆の仲間で、その樹液は、漆と同様、皮膚の弱い人の場合、湿疹やかぶれがおきます。

 

私は、山形県東置賜郡宮内町漆山の出身。地名の通り、古くから漆の栽培を行ってきた地域で、幼い頃から漆には慣れ、今までかぶれたことはありませんでした。

 

庭のはぜの木が、あまりにも大きくなり、数日前にその枝の剪定をしました。私は、手袋も何もせず、半袖で剪定したのですが、その翌日から、両手と顔がかぶれ、至るところに湿疹。とんでもないことになりました。

 

ともかく、かゆくて痛くて、苦しみました。これも生きているからと受け入れましたが。

 

みなさん、はぜの木には注意してください。はぜの木は、関東以南では、どこにでも自然に生えている木です。ぜひ、ネットで調べてみてください。私の二の舞にならないように。

 

今日は、何とか顔の腫れはひき、手のかぶれもかさぶたになって来ています。あと二三日の我慢でしょう。