夜回り先生 水谷 修
公式ブログ

Osamu Mizutani Official BLOG

何とか、回復しつつあります

先週金曜日に、高熱と身体中の悪寒、痛みで、身動きできなくなり、この四日間、ほとんどベッドの中での生活でした。

 

そんな中でも、相談と仕事は続き、ベッドにPCと電話を持ち込み、横になりながら対応し続けてきました。妻からは、酷く叱られ続けましたが。

 

今日の午後から、熱も下がり、何とか洋服に着替え、事務所で仕事をしています。咳は止まりませんが、だいぶ楽になりました。

 

思えば、先月末から風邪の兆候はあったのですが、仕事は休むことができませんから、無理に無理を重ねてしまいました。今までなら、それでも、一日休めば元に戻ったのですが、さすがに年には勝てません。

 

今週は、最後の一仕事があります。また、冬休みに入れば、深刻な相談が続きます。もう少しだけ、体調を整えます。

今年の講演が終了しました

昨日は、大阪での講演、これで今年のすべての講演会を、無事に終えることができました。

 

北は、北海道から、南は沖縄まで、今年も日本中を駆け回りました。

特に、この二ヶ月は、ほぼ連日の移動、からだを壊しガタガタ、ふらふらでしたが、何とか無事に終えることができました。感謝です。

 

今年も数多くの出会いがありました。古くからの友人、かつて関わったこどもたち、今現在、現場で頑張っている人たち、悩み苦しむこどもたち。

 

これから、二週間ほどは、少し休むことができます。私も年です。体力を戻し、からだを元に戻そうと思います。

 

出版が遅れていた新しい本、何とか貼るにはみなさんのところに届くことになります。楽しみにしていてください。

 

子どもたちへ No.17

 子どもたち、私の元に「学校を辞めたい。規則が厳しいから・・・。髪を染めたり、化粧をするだけでうるさく言われる。うざったい」こういうメールがよく来ます。

 

 確かに、「規則」いやなものです。本来何をすることも、自由に自分の意志で決めることが出来るはずの私たちを、厳しくしめつけます。私たちの周りには、憲法から始まり、さまざまな法律、学校の校則や家庭のきまりなど、規則があふれています。そして、それを破れば、さまざまな罰を受けることになります。こんな「規則」がなければと思うことは、君たちにもあるでしょうし、もちろん、私にもあります。

 

 でも、子どもたち、私たちの社会から「規則」がなくなり、何でも自由にできるようになったら、どうなるでしょう。交通ルールがなくなったらどうなるかを考えてみましょう。信号もなくなり、スピード規制も、一方通行もすべてなくなったら、どうなるでしょう。まずまちがいなく、日本中が事故だらけ、死人だらけになります。もしかしたら、君自身が暴走する車にひかれるかもしれません。君の大切な家族や仲間が死んでしまうかもしれません。

 

 また、学校の校則や家庭のきまりがなくなり、学校は行っても行かなくてもいい、家では、ゲームを使用が音楽を聴こうが何をしてもいい、夜遊びも。こうなったら、子どもたち、君たちはどうしますか。きっと多くの子どもたちが、今の自由におぼれ、明日を失ってしまいませんか。

 

 もし、人を殺しても、人のものを自由に奪っても良くなったら、どうなるでしょう。君たちはうれしいですか。自分の好きなゲーム機やマンガ、洋服、いろいろのものを自由に万引きして自分のものにできるから。でも、きっとできません。銃や刃物を持った大人たちが、すべてを奪っていくでしょう。

 

 子どもたち、私たちがみんな自由に好き勝手なことをしてしまったら、私たちの社会は滅びます。一部の権力や暴力を持った人たちがすべてを支配してしまいます。

 

 子どもたち、なぜ私たちの社会に「規則」が必要なのか、わかってもらえましたか。それは、私たち一人ひとりの人間を、特に高齢者や君たち子どもたちを守るためになのです。また社会に生きる全ての人が、できる限りお互いを傷つけることなく共に生きていくことができるようになのです。

 

 子どもたち、社会や学校や家庭の「規則」きちんと守りましょう。「規則」の中でも君たち子どもたちに対して作られた「規則」は、多くの大人たちが、君たち一人ひとりを守り、君たちが素晴らしい明日を作るようにと、心を痛めて作り上げたものです。

子どもたちへ No.16

 このところ、私の元に、「なぜ私は生まれてしまったの」、「なぜ、死んではいけないの」など、「生」と「死」を語るメールがたくさん届きます。そのたびに哀しくなります。そして、そのメールには答えを書かず、保存します。

 

 それを繰り返していくと、今度はこういうメールが同じ人から来ます。「水谷先生の嘘つき。私は、何度も先生にメールを出したのに返事を返してくれない」私は、こう返事を返します。「水谷です。君が、生や死を語るメールを送ったからです。水谷は、生や死については語れません。ごめんね」

 

 子どもたち、「生」や「死」を語ることに、そして悩むことに何の意味があるのでしょうか。私たち人間は、ある意味で暴力的にこの世界に生まれさせられます。そして、時が来れば、すべての人間は、「死」によってこの世界を去らなくてはなりません。生まれてくるときに、親や環境を選ぶことはできませんし、死を逃れることもできません。

 

 アフガニスタンやパレスティナに生まれさせられ、そして生まれてすぐに暴力的に命を奪われる子どももたくさんいます。その一方で、優しいお金持ちの両親の所に多くの祝福の中で生まれてくる子どもたちもたくさんいます。私たちの国日本でも、同じです。親を知らずに捨てられて生まれてくる子どもたちもたくさんいますし、それどころか、最も守ってくれるべき親に、生まれてすぐに殺されてしまう子どもたちすらいます。

 

 子どもたち、「生」を恨んだり、あるいは「死」を呪ったり、望んだりしても何の意味があるのでしょうか。もう君たちは生まれてしまいました。そして、いつか確実に死にます。

 

 でもね、子どもたち、この「生」と「死」の間、すなわち君たちが今生きている人生は、君たちの力でどうにでも作ることのできるものです。幸せなものにも、哀しいものにも・・・。過去の「生」や未来の「死」を考え悩むことをやめて、今をきちんと生きませんか。必ず君たちに訪れる明日を豊かで幸せなものにするために。

 

 子どもたち、今回こんな暗い内容を書いてしまったことには、理由があります。多分君たちも知っているとおり、水谷は、病気持ちです。それがこのところどんどん悪化しています。君たちとは違い、「死」の足音がだいぶ間近に聞こえています。でも、怖くはありません。まだ、一分一秒でも明日があります。私は、その残された限られた時間を、君たちの笑顔のために使いたい。どんなに痛くてもつらくても、講演は止めません。メールの返事を返すことも。夜回りも。子どもたち、お願いです。生きよう。精一杯に今を生きよう。明日のために。

子どもたちへ No.15

 子どもたち、今回は少し学問的なことを書いてみます。君たちは、「懐疑」ということばを知っていますか。簡単に言えば、疑うことです。それでは、その反対のことばは。信じること、つまり「信頼」です。

 

 この二つは、人類の歴史の中で、絡み合ってきました。「懐疑」から、多くの争いや戦いが、喧嘩や殺人が起きましたし、「信頼」から、平和や愛が産まれました。

 

 こどもたち、このように書くと、「懐疑」は悪で、「信頼」は、善、人のこころから「懐疑」を捨てれば、世界は平和になるし、人と人との間も、優しい美しいものになる、そう思うと思います。私もそのような社会になればいいなと思います。でも、そうはいかないのです。

 

 実は、「懐疑」は、人類の進歩や文明、科学や学問を作ってきたものです。君たちは、ニュートンを知っていますか。「万有引力の法則」を発見したイギリスの科学者です。彼は、リンゴが木から落ちるのを見て、地球の引力の存在を確信しました。彼が、「懐疑」のこころを持たなかったら、すなわち「なぜリンゴは地球にむけて落ちるのか」と疑い考えることをしなかったら、現在の天文学や物理学などの根本原理となっている「万有引力の法則」は、発見されませんでした。

 

 子どもたち、人類は、この「懐疑」と「信頼」をバランスよく使いこなしながら、歴史を刻んできました。疑うことの中で、学問や科学を進歩させ、また信じ合うことの中で、愛や友情、平和や未来を作ってきました。

 

 でも、今、このバランスが大きく崩れてきていると、私は考えています。他の国を信じたり、他人を信じることは、愚かなことで、必ず裏切られる。だから、信じ合うこころを捨てて、常に回りを疑い、用心深くこころを閉ざして生きることが賢い、こんな考えが、世界中を、それどころか、君たちのこころの中にまで、広がっている気がします。哀しいことです。

 

 子どもたち、確かに常に回りを疑って生きていれば、泥棒に遭うこともないでしょうし、おそわれることも、裏切られることもないでしょう。でも、大切なものを失いませんか。友情と愛という、人として生きていく上で最も大切なものを。

 

 子どもたち、何もすべてを信じろとはいいません。確かににそれは、危険です。でも、君たちが日々触れ合う人のこころは信じてみませんか。そして、君自身のこころを開いて、想いを丁寧に伝えてみませんか。私は、68年間、そうして生きてきました。確かに裏切られたこともたくさんあります。でも、かけがえのない家族や友人、生徒たちをたくさん手に入れました。友情と愛、そして幸せを手に入れました。