夜回り先生 水谷 修
公式ブログ

Osamu Mizutani Official BLOG

子どもたちへ—No.28

 子どもたち、ことばは、古代日本では「言霊」と呼ばれ、尊ばれまた畏れられてきました。私もまたことばを尊び、畏れ、いつも大切に使わせてもらっています。

 

 君たちはどうですか。ことばは、いのちを持っています。そのことばを使った人に責任を負わせます。「死にたい」ということばは、使った人に死を求めてきます。今も日本で毎年多くの人たちが、インターネットのブログや掲示板に「死にたい」と書き込み、そして練炭火鉢や硫化水素で自らのいのちを失っています。いったい何人の人が本当に死にたかったのか。

 

 また、ことばは、それを使う人のこころを染め、人格や性格を変えてしまいます。醜いことばは、その人のこころや容姿まで醜くしていきますし、優しい美しいことばは、それを使う人のこころを洗い、そしてその人を輝かせます。子どもたち、このことばの恐ろしさに気付いていますか。

 

 今、君たちの回りは醜いことばで満ちています。家庭でも学校でも町でも、「遅い」、「何やってるんだ」、「いい加減にしなさい」、「困った子ね」、「がんばれ」、「しっかりしろ」・・・、君たちを追いつめることばが氾濫しています。インターネット上では、「うざい」、「死ね」、「消えろ」・・・、もっとひどい、人を死に追い込むことばが氾濫しています。哀しいです。

 

 そして、親からの先生からの大人たちからの、こころない厳しい醜いことばで、多くの子どもたちが傷つけられ、追い込まれています。子どもたち、水谷には、この国やこの国の大人たちをすぐに一挙に変える力はありません。でも、私は、今まで日本各地で5400本を越える講演を340万人を越える人たちにしてきました。また今も、毎年数え切れないほどの講演を日本各地で、数十万人の人たちに対してしています。私は、いつもその中で、会場の一人一人の人にことばの重さを伝えています。これからも伝えていきます。

 

 子どもたち、君たちにもお願いがあります。水谷に協力してくれませんか。日本をこの世界を、美しい優しいことばで満たすんです。私には、とっても好きなことばがいくつかあります。「いいんだよ」、「ありがとう」、「ごめんね」、「がんばらない」、「だいじょうぶ」・・・。この優しいことばを毎日たくさん回りに配ってくれませんか。親に、先生に、何より仲間たちに。必ず多くの笑顔と多くの優しいことばが、君たちのもとに返ってきます。そして、君たちのこころに暖かい喜びを作ってくれます。

 

 最後にもう一つだけお願いがあります。毎日朝起きたら、鏡に向かって、鏡の中の自分に向かって、美しい優しいことばをいっぱい言ってあげてください。君たちの一日が必ず変わります。

走り回っています

昨日、徳島県吉野川市にある「醫光寺」というお寺の「桜祭り」での講演でした。

 

このお寺は、私の若い友人、日和田慈海氏が住職をしています。久しぶりに会うことができました。

 

講演にもたくさんの人たちが来てくださいました。

 

今週は、大阪府堺市の高校での講演もあります。

 

年のせいでしょうか、なかなか移動がきつく感じるようになりました。

 

相談関しては、このところ、家族や友人の大麻濫用についての相談が増えています。相当深く若者たちの間に、大麻濫用が広がっているようです。

やっと哀しい日が終わりました

昨日、3月31日は、かつて一人の少女が亡くなった日です。この少女は、リストカットやODを繰り返す子どもたちにとってある意味でのカリスマと言える存在です。

 

この少女の死以降、私が関わるこころを病む子供たちが最も自らいのちを絶ってきた日です。

 

数日前から、体制を整え、関わっている子供たちの中で、自死の危険性のあるこどもたちへの連絡を密にしてきました。それでも、現在のところ連絡を受けているだけで、二つの尊いいのちを失いました。哀しいです。

 

あの少女の死以来、いくつのいのちをこの日に失ったことか。

 

哀しいです。悔しいです。自分の無力さを感じています。

新しいプロジェクト

このところ、20代から50代の引きこもりの方々からの相談が多く届いています。

 

中学や高校でのいじめや、家庭での虐待から、人が怖くなり長く引きこもりになってしまった方々からの相談です。

 

私は、20年ほど前から、引きこもりの方々の支援を強く国に訴え、2007年には、友人の国会議員たちが「ニート対策基本法」を立法し、就労の支援の体制を作りました。その後も、A型、B型の就労支援のための作業所の設置を進め、現在数多くの方々が、将来の社会復帰と自立のために、そこで学び、そして働いていらっしゃいます。

 

しかし、この体制は、私にとっては、いまだ不完全なもので、その成果もまだまだです。

 

今政府は、地方振興を進めています。また、全国で消滅していく書店の保護を計画しています。

 

私は、全国の滅び行く商店街に、書店を作り、それをA型就労作業所の活動の中に組み込み、引きこもりの方々が、そこで本を販売し、その収益で自立を目指す体制が作れないかと、現在動いています。

 

先日は、この計画の実現のために、山梨県の長崎知事とお会いしてきました。なかなかの鋭い感性と障がいを持つ人たちへの共感をもつ人物でした。

 

国の発表では、現在146万人の人たちが引きこもりとなっていると言われています。その人たちの支援に全力で当たっていきます。

 

子どもたちへ—No.27

 子どもたち、人間は、自分の生きてきた経験の中から、ものを考えていきます。私たちは、知らないことを話すことはできません。

 

 また、私たち人間は、どうしても過去の経験に染められてものを考えてしまいます。特に幼いころの厳しい体験や哀しい思い出は、その人のこころに一生にわたる深い傷や恐怖を刻み込みます。これを、トラウマといいます。

 

 小さい頃に、犬にかまれた経験を持つ子どもが、一生犬に対して恐怖感や嫌悪感を抱いてしまうということがあります。犬を見てしまうと、からだがすくんでしまったり、恐怖に震えてしまう。本当は、ほとんどの犬は、決して人をかむわけでも襲うわけでもないのに、一度の経験が、犬に対する間違った先入観を作ってしまいます。

 

 これと同様に、幼いころに、親から虐待を受け続けた子どもは、こころを萎縮させ人間不信になってしまうケースが多いと言われていますし、またその反対に暴力的になり、非行・犯罪へと向かってしまうケースも多いと言われています。私の元にも、このような問題を抱えた多くの子どもたちから相談のメールが来ます。

 

 子どもたち、この先入観というのは、恐ろしいものです。たった一度の嫌なあるいは恐ろしい体験で、自分の一生を決めてしまうことになります。

 

 子どもたち、この先入観を一度捨ててみませんか。過去の経験からの知識をすべて捨てて、そして新たに色々なことに挑戦し、世界を拓いてみませんか。子どもたち、君たちの中には、さまざまな先入観があると思います。先生から嫌な思いをされた人は、学校や先生に対する憎しみや恐怖が、過去にいじめにあった人には、他の人と触れあい、共に生きる事への恐怖が。つきあっている人に裏切られた人には、男性不信や女性不信が・・・。それらの過去から引きずっているすべてを捨ててみませんか。

 

 そして、こころを白紙にして、もう一度、親や先生、仲間や大人たちを信じて、共に語り、共に助け合い、共に生きてみませんか。

 

 子どもたち、過去の一度や二度の経験で、こころを閉ざしてしまうことは、君たちの明日を閉ざすことです。確かに過去は消せません。やり直しもできません。でも、捨て去ることはできます。

 

 そして、今をスタートとして、新しい明日を作ることはできます。まずは、明日散歩をしてみましょう。そして、咲き誇るできるだけたくさんの花を見ましょう。そして、そっと花弁に触れ、においを嗅いでみましょう。それから、空を眺めましょう。君たちのこころ、きっときっと軽くなります。そして、そこから一歩二歩ステップを。君の新しいいまの始まりです。過去なんてどうでもいい。生き直しましょう。