夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

寂しさを力に

今、多くの子どもたちが、寂しさに苦しんでいます。私の元には、数え切れないほど、「寂しい、助けて」というメールが届きます。何か、日本中の子どもたちが、寂しさは、哀しいこと、つらいことだと、決め込み、そして、そこから逃れようと、ネットやメールの仮想現実の中に、落ちていっています。また、一時の寂しさからの救いを求めて、夜の町で、ただ欲望から近づいてくる男たちに、身をまかす子どもたちすらいます。哀しいことです。みなさん、寂しさは、罪ですが。悪ですか。私は、そうは思いません。

私は、寂しい子どもでした。三歳で、ただ一人の家族母と別れ、山形の寒村に預けられました。その村でも、標準語を話すからといじめに。村の広場の大きな木にかけてあったブランコは、よそ者は乗るなと、触ることすら認めてもらえませんでした。でも、夜、みんなが寝静まってから、一人でそのブランコに乗り、母のもとに飛んでいければと、大きくこいでいました。でも、当然母のもとにいけるわけはありません。べそをかきながら、家に戻りました。でも、私は、その寂しさにつぶされることはありませんでした。遠くの母とつながりたい一心で、字を覚え、四歳からは、拙いひらがなで母に手紙を出していました。でも、嘘ばかり書いていました。「かあさん、ともだち、いっぱいいるよ。たのしいよ。しんぱいしないで」幼い私からの精一杯の母への想いでした。小学校時代は、ゴムの長靴も買えずわら靴、運動会にはお弁当も持って行けないほど貧しい生活でした。私が、クラスのみんなと平等に勝負できるのは、勉強だけでした。だから、死にものぐるいで勉強しました。勉強だけは、一番になって母を喜ばせようと。私は、寂しさに負けませんでした。寂しいから、努力した。寂しいから、もっと寂しい母のために、生きぬきました。

みなさん、寂しさは、決して罪でも悪でもありません。人は、寂しいのはあたりまえです。一人生まれ出て、そして一人死んでいくのが、人の宿命ですから。むしろ、寂しさは、人の生きるための力です。寂しいから、人とかかわる。寂しいから、だれかの笑顔のために何かをする。よく、私に聞く人がいます。「先生は、なぜ夜回りをするのですか」と。私は、いつも胸をはって答えます。「寂しいから」と。みなさん、寂しさを力に。

規則正しい生活を

今、数多くの人たち、子どもたちが、毎日、不規則な生活を日々過ごしています。夜遅くまで、ネットやゲーム、メールから離れることができず、そのため、朝は、眠くていらいらし、その結果、ちょっとしたことで傷ついたり、あるいは、そのいらいらを人にぶつけてしまっています。また、からだやこころを壊し、病になっています。

みなさん、私たち人間も、この地球上の生物の一つです。この地球の時の流れの中で、季節の流れの中で生かされている生物です。私たちの地球には、一定のリズムがあります。春夏秋冬の季節の流れ、朝昼夜の一日の流れ、その中で生きる私たちは、こころやからだの健康を維持するためには、その流れに沿って生きることが求められています。

考えてみて下さい。もし、私たちの日本が、一年中夏だったら、一年中冬だったら、私たちの周りのほとんどの植物は滅んでしまいます。もし、世界が一日中夜だったら、一日中昼だったら、地球上の生物のほとんどは滅んでしまいます。

でも、今私たち人間は、その地球の流れを無視して生きています。冬は暖房の中で、夏は冷房の中で生活し、季節感を失い、夜は、電気の力で、明るい光の下で生活しています。これが、私たち人間を、滅びの淵へと追い込んでいる。私は、そう考えています。

冬の寒さに震え、夏の暑さの中で汗を流し、春と秋の季節の中でのびのびと過ごす。これが、本来の人間の姿でした。夜は、一日の疲れでぐっすり眠り、朝の太陽に、生きていることを感謝し、太陽の下で動き回る。これがあるべき人間の姿です。それを、私たちが作ってしまった文明は壊してしまいました。そして、多くの人が、こころやからだを病んでしまっています。

みなさんにお願いがあります。厳しい冬、週に一日でもいい、暖房を使わない日を、家族みんなで過ごしましょう。寒さの中で、みんなで寄りそい過ごす時を作りましょう。また、厳しい寒さの中を、震えながら外を散歩する日を作りましょう。夏の暑さの中でも、冷房を止め、窓を開け、汗を流しながら過ごす日を作りましょう。これが、みなさんのからだのリズムを必ず整えていきます。

もう一つお願いがあります。規則正しく過ごす日を、週に最低一度でいいですから、作りましょう。何か特別なことがない限り、夜十時には、すべての電子機器や明かりを消して、かつての竪穴式住居で生活していた、私たちの先祖と同じように、同じ部屋でみんなで川の字になって布団の中に。そして、朝は、六時には、みんなで起床。昇り来る朝日に、今日を迎えることができたことを、家族みんなで感謝する。そして、昼間は、晴れでも雨でも、家から外に出て、美しい自然と触れあう。そして、裸足で歩き、私たちの大切な母なる地球を感じ、しかも、からだをきちんと動かす。もし、これができたならば、ほとんどすべての人は、こころの病になることはないでしょうし、今病んでいる人も、救われます。

みなさんの中には、私にこういう人もいるでしょう。「夜回り先生、あなたは、そんな規則正しい生活を送っているの」と。無理もありません。私には、そのような生活を過ごすことは、許されていません。私にとって、夜は、私の戦場。町で、電話で、メールで、数多くの子どもたちと関わらなくてはならない時間です。夜、きちんと眠ることは、私には、許されません。だから、私は、ガンを患い、そして、ぎりぎりの精神状態の中で生きています。みなさんには、こんな生活はして欲しくありません。

やっと戻りました

12月26日(火)から、沖縄に向かいました。その日は、那覇の興南中学校での、中学生たちへの講演と、夜は市民講演会。27日(水)には、朝から石垣島に向かい、第二中学校と大浜中学校での中学生たちへの講演、その日のうちに宮古島に向かい、28日(木)は、平良中学校と北中学校での中学生たちへの講演をしたあと、すぐに沖縄本島に飛び、夜は、南城市での市民講演会でした。

たくさんの島の中学生たちへ、こころを込めて講演してきました。「一期一会」きっと多くの子どもたちとは、二度と出会うことはできません。だからこそ、一つひとつのことばに、優しさと想いを込めて講演してきました。

 

実は、今回の沖縄での7本の講演会は、沖縄県の「昭和39年度生大同期会」のみなさん方からのご依頼によるものです。これは、沖縄県で昭和39年度に生まれた人たちの会です。

彼らは、今年55歳、それぞれさまざまな人生を過ごし、現在を迎えておられます。そんな彼らが、自分たちを守り育ててくれた島に恩返しをしようと計画してくださいました。沖縄の明日を担う若者たちに、「夜回り先生」の講演会を計画してくださいました。感謝です。素晴らしい人たちでした。

 

暖かい沖縄から戻った後は、栃木県下野市での人権講演会。その足で、私の故郷山形県南陽市での講演会でした。山形の峠には、すでに雪が積もっていました。また、良い出会いがたくさんありました。

 

明日は、岡山県での講演、そのあとは、北九州と、まだまだ旅は続きます。

明日から沖縄です

明日26日から29日まで、沖縄本島、石垣島、宮古島と、講演で回ります。

5つの中学校での講演と、二つの市民講演会です。

今回は、薬物乱用防止のための講演会となります。

 

たくさんの島の子どもたちとの出会い、楽しみです。

また、古くからの友人たちとも、久しぶりに会うことができます。

 

29日戻りましたら、報告します。

禅と呼吸法

みなさん、みなさんは、呼吸していますか。多分多くの人は、私のことを笑うでしょう。「先生、呼吸しているに決まってる。だって息しなきゃ死んでしまう」と言うでしょう。その通りです。みなさんは、生きている限り常に呼吸し続けています。寝ているときも、どんな時も。認めます。でも、こう聞いたらどうですか。みなさんは、意識して呼吸していますか。多くの人は、「そんなこと、していない」と答えるでしょう。呼吸をしなければ、死んでしまうのに、そんなことは、からだが、勝手にやってくれるからと、あまりにも呼吸を粗末にしています。哀しいことに。

 

私は、若いころから、ずっと座禅をしてきました。臨済宗という禅宗の、多くの僧侶から、禅を学んできました。禅の目的は、自分の本質、本当のあり方、そして、人間存在の本質、本当のあり方を求めることにあります。そのための、禅の基本は、「止観無我」です。この「観」は深い意味があります。「感じる、思う、考える」などすべての意識活動を意味します。みなさん、人は、感じるから、思うから、考えるから、苦しみ悩みます。それを止め、そして、自分の存在、すなわち「我」を捨てる。そこから、自然の中で宇宙の中で、生かされている自己の存在と一体になる。ここに禅の第一歩があります。

 

みなさん、何か、禅をしてみたくなりませんか。この禅をするに当たって、最も大切なことの一つに、呼吸法があります。口を薄く開き、ゆっくりと肺の中のすべての空気をはき出し、そして、ゆっくりと肺いっぱいに、空気を吸い込む。これを、できだけゆっくりと繰り返します。みなさん、今やってみてください。禅を組まなくてもいいんです。その場で、できるだけ楽な格好で。どうですか、こころが落ち着いてきませんか。みなさん、実は、私たちのこころやからだと呼吸は深い関係があります。緊張したり、恐怖を感じると、呼吸は、浅く速くなります。体に力をみなぎらせようとすれば、呼吸を止めなくてはなりません。その反対に、幸せだったり落ち着くと、ゆっくりと深いものになります。呼吸は、私たちのこころやからだの健康にとって、とても大切なものなのです。

 

みなさん、一日の中で、自分から意識して呼吸する時間を作りませんか。緊張したとき、つらいときは、ゆっくりと深く呼吸する。自然の中で美しいものに触れたときは、肺がはち切れそうになるまで深呼吸を。力を必要とするときは、呼吸を止める。これだけで、みなさんのからだやこころが生き返ります。また、みなさん、お願いです。一日の中で、十五分でいい、何もしないで、また何も考えず、呼吸を整え座ってみませんか。