夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

走り回っています

この二週間で、十本の講演。なかなか忙しい日々です。

昨日、やっと一連の講演を終えたのですが、関わっているこどもたちが、非常に不安定で、その対応に追われています。春という季節のせいでしょう。どうしても、季節の変わり目は、たくさんの問題が起きます。

 

来週は、沖縄に向かいます。リゾートに静養にと言いたいところですが、講演会と関わっているフードバンクや施設の視察です。米の価格の高騰で、日本中のフードバンクと施設が悲鳴をあげています。第1次の支援は、すでに行いました。その成果の確認と、今後の支援の検討のためです。

 

そろそろからだが、休めといっています。でも、待っているこどもたちがいます。

子どもたちへ—No.29

 私が、数ヶ月前から関わっている一人の18歳の少女がいます。中学校の時、いじめにあい、中学校二年生の時から、学校に通うことができなくなりました。そして、引きこもりに。彼女の生きている証は、深夜のインターネットでの見知らぬ仲間たちとの会話だけでした。

 

 そして、彼女は17歳の時に、リストカットを覚えました。彼女は、ネットで知り合ったリストカットの少女を助けようとしました。「あなたが切るのなら、私も切る」、彼女は、自分の腕をかみそりで切りました。そして、リストカットが止められなくなりました。そして母親に見つかり、泣かれました。彼女は、リストカットを止めようとしましたが、自分の力ではどうにもならず、私に相談してきました。

 

 その彼女から、昨夜遅く電話がありました。「先生、死にたい。リストカットしたい。いい、リストカットして」私は、何も答えませんでした。「先生、切るよ。いい」彼女は何度も繰り返しました。

 

 私は、「先生が止めてもきっと君は切るよね。先生に止める力はありません。ただ、一つだけお願いがあります。まず、冷蔵庫に行ってごらん。そして、冷蔵庫の中にきっとチューブに入ったわさびやからしがあるから、それを全部お皿の上に出して、持っておいで」彼女は私の言ったとおり、わさびを持ってきました。そして、「先生、言ったとおりにしたから切るよ」こう言って、手首を切りました。

 

 私は、すぐさま「もう一つお願い。わさびをたっぷりその傷に塗ってごらん。いいね」と言いました。「うん」という彼女の返事のあと、「ぎゃー」という悲鳴と、「先生私を殺す気なの」という叫びが、電話から聞こえてきました。私は、彼女に言いました。「リストカットしたいのは、死にたいと思うのは、君のこころの叫び。今の痛みは、君のからだの叫び。どちらも大切な君なんだよ。すぐに救急車を」

 

 子どもたち、なぜ自ら死ぬことを自殺というのか知っていますか。それは、自らのからだを、自らのこころで殺しているからです。子どもたち、君たちは、こころだけで生きているのではありません。からだとともに生きています。今、夜眠らないで、からだにつらい負担をかけたり、大切な君自身であるからだを、自ら滅ぼしてしまう子どもたちが増えてきています。哀しいです。

 

 子どもたち、君たちのからだはいつも君たちのために戦っています。細菌がはいれば、熱を出し、それを滅ぼそうとする。悪いところがあれば、痛みで君たちに伝える。君たちのからだは、いつも君たちを生かそうとしています。子どもたち、君たちは、自分のからだを大切にしていますか。

子どもたちへ—No.28

 子どもたち、ことばは、古代日本では「言霊」と呼ばれ、尊ばれまた畏れられてきました。私もまたことばを尊び、畏れ、いつも大切に使わせてもらっています。

 

 君たちはどうですか。ことばは、いのちを持っています。そのことばを使った人に責任を負わせます。「死にたい」ということばは、使った人に死を求めてきます。今も日本で毎年多くの人たちが、インターネットのブログや掲示板に「死にたい」と書き込み、そして練炭火鉢や硫化水素で自らのいのちを失っています。いったい何人の人が本当に死にたかったのか。

 

 また、ことばは、それを使う人のこころを染め、人格や性格を変えてしまいます。醜いことばは、その人のこころや容姿まで醜くしていきますし、優しい美しいことばは、それを使う人のこころを洗い、そしてその人を輝かせます。子どもたち、このことばの恐ろしさに気付いていますか。

 

 今、君たちの回りは醜いことばで満ちています。家庭でも学校でも町でも、「遅い」、「何やってるんだ」、「いい加減にしなさい」、「困った子ね」、「がんばれ」、「しっかりしろ」・・・、君たちを追いつめることばが氾濫しています。インターネット上では、「うざい」、「死ね」、「消えろ」・・・、もっとひどい、人を死に追い込むことばが氾濫しています。哀しいです。

 

 そして、親からの先生からの大人たちからの、こころない厳しい醜いことばで、多くの子どもたちが傷つけられ、追い込まれています。子どもたち、水谷には、この国やこの国の大人たちをすぐに一挙に変える力はありません。でも、私は、今まで日本各地で5400本を越える講演を340万人を越える人たちにしてきました。また今も、毎年数え切れないほどの講演を日本各地で、数十万人の人たちに対してしています。私は、いつもその中で、会場の一人一人の人にことばの重さを伝えています。これからも伝えていきます。

 

 子どもたち、君たちにもお願いがあります。水谷に協力してくれませんか。日本をこの世界を、美しい優しいことばで満たすんです。私には、とっても好きなことばがいくつかあります。「いいんだよ」、「ありがとう」、「ごめんね」、「がんばらない」、「だいじょうぶ」・・・。この優しいことばを毎日たくさん回りに配ってくれませんか。親に、先生に、何より仲間たちに。必ず多くの笑顔と多くの優しいことばが、君たちのもとに返ってきます。そして、君たちのこころに暖かい喜びを作ってくれます。

 

 最後にもう一つだけお願いがあります。毎日朝起きたら、鏡に向かって、鏡の中の自分に向かって、美しい優しいことばをいっぱい言ってあげてください。君たちの一日が必ず変わります。

走り回っています

昨日、徳島県吉野川市にある「醫光寺」というお寺の「桜祭り」での講演でした。

 

このお寺は、私の若い友人、日和田慈海氏が住職をしています。久しぶりに会うことができました。

 

講演にもたくさんの人たちが来てくださいました。

 

今週は、大阪府堺市の高校での講演もあります。

 

年のせいでしょうか、なかなか移動がきつく感じるようになりました。

 

相談関しては、このところ、家族や友人の大麻濫用についての相談が増えています。相当深く若者たちの間に、大麻濫用が広がっているようです。

やっと哀しい日が終わりました

昨日、3月31日は、かつて一人の少女が亡くなった日です。この少女は、リストカットやODを繰り返す子どもたちにとってある意味でのカリスマと言える存在です。

 

この少女の死以降、私が関わるこころを病む子供たちが最も自らいのちを絶ってきた日です。

 

数日前から、体制を整え、関わっている子供たちの中で、自死の危険性のあるこどもたちへの連絡を密にしてきました。それでも、現在のところ連絡を受けているだけで、二つの尊いいのちを失いました。哀しいです。

 

あの少女の死以来、いくつのいのちをこの日に失ったことか。

 

哀しいです。悔しいです。自分の無力さを感じています。