夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

友人の店に

先日、私のヨーロッパ時代の友人の店に行ってきました。

「モナ エスパーニャ」というスペイン料理のバルで、東京、西小山の駅からすぐの所にあります。この店は、私の友人、手塚さんと奥様が、二人でやっています。

手塚さんとは、今から43年前、スペインのサラゴサで知り合いました。彼は、料理の修業に来ていました。私が、当時アルバイトしていた、「カンディド」という有名な料理店で、ともにフライパンをふった仲間です。

彼の料理は、まさに1970年代のスペイン料理。今のイタリア料理やフランス料理のように、ソースや見てくれで勝負するのではなく、素材を素朴に料理し、その味を引き出すという、古き良き時代の料理です。

羊のトマトソース煮、イカスミ、パエリア、どれも、私の青春時代にスペインで食べた、まさにスペインのママの味です。

今やスペインでも、このような古き良き時代の料理が忘れられつつあります。貴重なお店です。

彼とは、スペイン時代の思い出を話しながら、おいしい料理とワインを味わいました。

今や、世界中で、このママの味、家庭の味が失われつつあります。哀しいことです。

脳に栄養を

みなさん、私は、数年前から家庭菜園に挑戦しています。自宅の小さな庭の一部を、煉瓦で囲み、畑を作りました。畑といっても、猫の額ほどの小さな小さな畑です。今年の冬には、土に腐葉土や牛糞をすき込み土作りをし、春には、苦土石灰を土に混ぜ、酸性の土を中和し、そして種まき、苗の植え付けをします。大好物の春菊は、種で蒔きます。パセリやセロリ、いろいろなハーブ、トマトは、苗を買ってきて植えます。それぞれの芽や苗に、名前をつけて、水やり、虫取りと、ていねいに育ててきいます。

みなさんにしてほしいことがあります。今すぐに家から出て、近くの土をひとつかみとってきてください。そして、それを、白い紙の上に広げてみてください。もともとの土は、地球を構成する岩石が、風化や浸食によって、細かくなったものや、火山の噴火でまき散らされた火山灰からできています。これらには、なんの有機物質、つまり栄養も含まれていません。この土に、灰や落ち葉、動物の糞などの有機物質が入り、はじめて、植物を育てることのできる豊かな土となるのです。人類の農耕の歴史が始まって以来、私たちの祖先は、この豊かな土作りに、つねに取り組んできました。

私は、私たちの脳も、土と同じだと考えています。なんの栄養も入れることなく、ただ日々遊び回って、その日暮らしで生きていれば、栄養のない土と同様に、なにを生み出すこともできません。多くの人とふれあい、彼らから、彼らの知識を学び、また、多くの本から、先人たちの知恵を手に入れ、多くの出来事と逃げることなく向き合いそして、考え行動し、その結果から多くの経験を手にすることを通して、脳の中にたくさんの知恵や知識、経験という栄養をためて、はじめて私たちの脳は、その活動をはじめます。そして、幸せな人生という、最高の糧を手に入れることができます。

そういえば、土と脳では、一つだけ違うことがあります。それは、土の中の栄養は、どんどん植物に吸い取られていって、減っていきます。ですから、つねに補給してあげなければ、よい植物は育ちません。でも、脳の中の、知恵や知識、経験は、どんなに詰め込んでいっても溢れることはなく、しかも、どんなに使っても減ることはありません。それどころが、使えば使うほどさらに増えていきます。みなさん、脳に栄養を。

 

本当の幸せとは

みなさん、人間にとって、一番幸せなことは何だと思いますか。お金持ちになること、権力や地位を手に入れること、有名になりみんなにちやほやされること・・・。私は、どれも違うと思います。私にとって、一番幸せなことは、だれかに必要とされること。そして、一生懸命にその人のために、その子どものために動いて何かをして、「ありがとう」って感謝されることです。

私が十数年前から関わってきた少女がいます。父親は、政治家、母親は一流企業の社長の娘。姉は、有名進学校から有名大学へ、絵に描いたような家庭で育ちました。いつも姉と比べられ、いつも叱られ続け、そして、中学から夜の世界に入りました。少女は、夜の世界で、自分をいたわってくれる父親を捜しました。中年の男たちと「援助交際」です。そして、さらに傷ついていきました。毎晩のように、自らのからだをカミソリで傷つけていました。そんな中、私と知り合いました。私への最初の相談メールは、「死にたい」でした。

彼女は、私の薦めで、家を出て、生活保護を受けながら、自立を目指しました。この十年、老人施設で介護の仕事をしています。彼女から、先日電話が来ました。「先生、今日私の担当しているおばあちゃんが亡くなりました。家族のいないおばあちゃんだったから、私が病院で看取りました。おばあちゃんね、最後に私の手を握りしめて、ありがとうって言って旅立っていった。先生、生きててよかった。私、霊安室で一晩中おばあちゃんについててあげた。霊安室の窓少し開けてあげたんだよ。おばあちゃんの魂が天国に行けるように」とても、うれしい電話でした。

みなさん、確かに今の社会では、お金を持っていればいろいろなことができます。権力や地位があれば、人は大切にしてくれます。でも、お金は使えばなくなります。権力や地位は、何か失敗をして失えば、それでおしまいです。お金や権力、地位で作った人間関係も、すべて消えてしまいます。むなしいものです。

みなさん、特に苦しんでいる人たち、明日のことや過去のことを思い悩むこと止めませんか。過去は変えることができないし、悩んだところで、明日は作ることはできません。まずは今、回りに優しさ配りませんか。人のために何かしてみませんか。必ず返ってくる「ありがとう」の一言が、今君が生きていることの意味を、そして明日を生きていく力を君にもたらします。悩み苦しむのは、答えが出ないから。それなら、まず今動きましょう。誰かを幸せにするために。

依存症という恐ろしい病

みなさんは、「依存症」という病気を知っていますか。何かに依存し、それがないといらいらしたり、あるいはからだに震えがきたり、不快な状態になってしまう病気です。「たばこ依存症」、「アルコール依存症」、「薬物依存症」、「ギャンブル依存症」、「ゲーム依存症」、「携帯依存症」、「買い物依存症」、「男性依存症」などたくさんの種類があります。どれも、恐ろしい病気です。

「依存症」には、「身体的依存症」と「精神的依存症」があります。「身体依存症」は、依存する何かが切れたときに、からだが不快になったり、手が震えたり、何らかの身体的症状が出ます。「精神的依存症」は、依存する何かがないときに、落ち着かなくなったり、いらいらしたり、何らかの精神的症状が出ます。「依存症」になってしまうと、その依存するものが手に入らなかったり、取り上げられると、普通の落ち着いたものの考え方ができなくなります。泣き叫んだり、暴れたり、錯乱状態になってしまう場合もあります。みなさんは、この怖い病気「依存症」になっていませんか。

まずは試してください。ゲームや携帯電話、インターネットなど、君たちが日々使っているものを、二日間でいいですから、使わないでください。大切な友人や恋人との連絡を二日間でいいですから、一切しないでください。できた人は大丈夫。依存症ではありません。もしも、落ち着かなくなったり、いらいらして、使ってしまったり、連絡を取ってしまった人は、立派な「依存症」です。治療が必要です。

「依存症」になるには、あるメカニズムがあります。週末になると意識がなくなるほどアルコールを飲むけれど、それ以外の日は、一滴のアルコールも口にしない人と、毎日夕食のときに、決まった量のアルコールをたしなむ人、どちらが「アルコール依存症」になりやすいと思いますか。後者です。それは、からだの中に、切れることなくいつもアルコールが入っているからです。実は、パチンコや競馬、競輪などのギャンブルで、一番「ギャンブル依存症」になりやすいのは、パチンコだと言われています。競馬や、競輪は、休みの日がありますが、パチンコはいつでもできるからだと言われています。このメカニズムを理解すれば、「依存症」にならないことができますし、「依存症」を治すこともできます。簡単なことです。週のうち二日は、ゲームや携帯電話、インターネットを使わず、そしてだれとも連絡を取らない日を作ればいいのです。

「依存症」は、みなさんがきちんとものを考えたり、他人や恋人ときちんとした人間関係を作る上で、大きな害となります。恐ろしい、明日を奪う病です。

優しさとは

私たち人間は空気なしには、生きることができません。そんな大切な空気ですが、みなさんは、空気を見たことがありますか。当然、「見たことなんてない」と答えるでしょう。みなさんは、空気を味わったことがありますか。「そんなことしたことない」と答えるでしょう。それでは、空気を感じたことはありますか。多分、何て馬鹿らしいことをいっているのかと、笑われると思います。

でも、私は、空気を見たことがあります。味わったことも、感じたこともあります。空気の中に、水蒸気や煙が含まれれば、空気は見ることができます。近くの煙突の上を見てご覧なさい。空気に、排気ガスや花の香りがつけば、空気を味わうことができます。どうぞ、外に出て、君の手を右から左にすばやく動かしてご覧なさい。また、吹きすさぶ風の中に立ってご覧なさい。空気を感じることができます。空気は、いつも私たちの周りにたっぷりとあります。でも、その存在を感じるためには、私たち自身が、意識して動かなくてはなりません。

私は、優しさも空気と同じだと考えています。実は、いつも君たちの周りにたっぷりとあります。でも、意識して動かなければ、その存在を確認することはできませんし、それを感じることもできません。私は、先日東北地方から戻りました。東京駅での出来事です。電動車いすに乗った女性が、ホームでエレベーターのスイッチを押すことができずに困っていました。私が、お手伝いしようと近づいていくと、私の前を歩いていた青年が、「大丈夫ですか」と優しい声をかけ、スイッチを押してくれました。地下の通路を歩いていると、一人のおばあさんが、帰りを急ぐ人とぶつかり倒れてしまいました。何人もの周りにいた人が、「おばあちゃん、大丈夫」と声をかけながら、おばあさんを優しく立ち上がらせてくれました。ぶつかった人も、「すいません」と謝りながら、おばあさんのバッグを拾ってくれました。こころがぽかぽかになりました。

私が、今回こんなことを書いたのには理由があります。私のもとには、毎晩のように、不登校や引きこもってしまった若者たちから、相談のメールが届きます。彼らが、そうなってしまったことには、それぞれの理由がありますが、ほとんどは、いじめや友人とのけんかなどの人間関係のこじれから、人を信じることができなくなってしまったからです。そして、一人暗い部屋で苦しんでいます。私は、彼らにいつもこう答えます。「もう一度だけでいい、人を信じてみよう。外に出てみよう。学校に行ってみよう。そして、こころを開いて、周りを見回してごらん。たくさんの優しさが見えてきますよ」と。