2020.02.18
この国の明日
先日、43年ぶりに高校時代の友人と会いました。高校時代に、ともに机を並べ学び、ともに明日の日本を語り、ともに夜の町を遊び歩いた仲間です。そして、お互い違うセクトでしたが、高校紛争の嵐の中で、この国の明日を、社会主義国家の実現にかけて活動した仲間でした。
お互いのあまりに変わり果てた姿に、流れた年月の長さを感じました。
そして、青春時代の話を数時間にわたり語り合いました。
姿や形は変わっても、変わらない青春時代からの信念。こころは、10代に戻っていました。
いいもんです。生きるって。彼とも話しましたが、これまで生きてきた中で、つらいこと苦しいこと、たくさんありました。でも、それを生きぬいた今、それなりの幸せがあります。
今日は朝から国会中継を見ていました。新型肺炎によって、危機的な状況にあるこんな時に、青い派手なスーツで答弁に立つ安倍首相。品位と心を疑います。しかも、論議の内容は、「桜を見る会」の前夜に行われた東京のホテルでの彼を囲む会について。
請求書や領収書を提出すればすむ問題なのに、首相は出さない。当然出すことができない理由がある、つまり彼の事務所や政治資金からの費用の補助があり、それが法に触れるからだと、だれでも考えてしまう。いずれにしても、人の上に立つ人間ならば、きちんと書類を提出し、事実を話すべきでしょう。そして、法に触れる行為をしていたのなら、清く政界を去るべきでしょう。
こんな、国家的危機状況の中で、繰り広げられている国会の茶番劇、見ているだけで、この国の明日を見失います。
そういえば、彼とも話しましたが、私は、日本が、社会主義国家にならなくて良かったと考えています。社会主義、共産主義は、国家の在り方、経済政策の在り方としては、それ以上の理念と形態は、現在に至るまで、存在しません。みんなが助け合い、ともに生産活動に従事し、そして得た利益をみんなで平等に分け合う。素晴らしい理論です。
しかし、歴史を見ても、そんな形態を目指したソ連も崩壊し、中国も違う形態へと変わってきています。その理由は簡単です。人には、欲望があるからです。みんなと同じではなく、人より優れた生き方をしたい。こんな欲望がある限り、社会主義、共産主義は、所詮、一握りの権力者による、ある意味での国民奴隷制に墜ちていってしまいます。歴史をみれば明らかです。
かといって、現在の日本が、けっして幸せという意味ではありません。このまま、現政権の企業や金持ち優先の政策が続けば、多くの人が、貧困へと落とされていきます。外国人労働者を、きちんとした受け入れ体制と保護体制を作らず、単なる安い労働力として受け入れていけば、この国の中が混乱することは必須です。
今、日本に、本当の意味での明日を語る政治家が求められています。
