2026.01.30
新しい本を書き上げました
この十年間、構想を練っていた本を書き上げました。その終わりにに私が書いた文の一部をここに載せます。
私は、この十年、私の哲学者としてのまた宗教学者としての集大成となる論文を書き続けてきました。それを一冊の本として、私の知の集大成として、人生の最後に出版しようと考えていました。
昨年夏、それがまとまり、私が編集をいつも頼んでいた友人に原稿として送りました。
それを読んだ友人からのことばは、私にとってきついものでした。「この原稿は、だれのために書いたものですか。何のために書いたものですか。この原稿を理解できる人は限られます。先生が、「夜回り先生」として、人生をかけて守ろうとしてきた子どもたちや、先生のことを人生の師として、苦しみの中でも今を必死で生きている人たちには、難しすぎます。先生らしくない。先生が、大学の講義で使うための教科書として書いたのならば、それはそれでありだと思います。編集もします。でも、それでは、もったいない。書き換えてください」
私は、このことばを聞いて、私の人生の師の一人である神父様のことばを思い出しました。
彼は、いつも聖書を握りしめながらこう言っていました。「この世で最も善きものは、すべての人が手にすることのできるもの。また、すべての人が幸せになれるもの。水谷君、この聖書は、すべての人が手にすることができ、すべての人が神の言葉を知り、そして幸せになることのできるものです」
私は、自分がいかに傲慢であったかを知りました。学者としてではなく、人生の先輩として「人生とはなにか」「幸福とはなにか」、「生や死とは何か」をきちんとすべての人が理解できることばで書いて伝える。それこそが、半世紀教員として、先生として生きてきた私の仕事なのだと。
それからの日々は、つらい日々でした。私は、曲がりなりにも学者です。いい加減なことを書くことはできません。半年の日々が過ぎていきました。書いては、原稿を消し、書いては原稿を消しの毎日でした。
そんな私が、書くことに立ち上がったのは母のおかげでした。私の母は、九十四歳です。昨年末までは、元気でした。その母が、新年を過ぎ寝たきりになってしまいました。しかも、記憶も曖昧になり、食事もほとんど取ることができなくなってしまいました。
母は、私の人生の恩人です。私に生を与えてくれ、私を守り育ててくれました。母がいなければ、私はいません。そんな母に、最後に私が、生きていく中で学んだことを伝えよう。感謝のこころを込めて。
この本は、こうして書きあげたものです。わずか六日間、ほぼ一睡もすることなく書き続けました。
明日からは、母の側にいることができる時は、母の枕元でこの原稿を読もうと思っています。きっと今の母は、理解できないでしょう。でも、必ず、私からの母への感謝の想いは伝わると信じています。
この本には、「夜回り先生」水谷修の学者として、先生として、人間としてのすべてがあります。読んでみてください。
みなさん、楽しみにしていてください。夏までには、みなさんに一冊の本として、お届けできます。
