2024.11.17
子どもたちへ No.12
子どもたち、私がとっても好きでよく使うことばがあります。それは、「でもね」です。私は、元先生、実は今でもこころの中では君たちの先生だと思っていますから、どうしても、君たち子どもたちから様々な相談を受けた後に、「でもね」ということばが出てしまいます。君たちは、使ったことがありますか。もし、使っていないとしたら、それは問題です。なぜなら、この「でもね」ということばは、私たち人間がきちんと生きていく上で、本当は最も大切なことばだからです。
子どもたち、今君の前にお財布が落ちていたとします。周りに誰もいません。中を見たら三万円入っていました。きっと君たちのこころの中に、「このお金があったら、好きなものが買える。だれも見ていないし、自分のものにしよう」という思いが浮かんでくると思います。きっと私でもそう思います。しかし、それと同時に、「でもね、これを私が盗ってしまったら、きっとこの持ち主は哀しむ。人を信じることを止め憎む気持ちを持ってしまう。きちんと警察に届けなくては・・・」という思いも浮かんでくると思います。これが、人間の良心です。
人間のこころの中には、感情と理性があります。人間は、動物ですから、目の前においしいものがあったらすぐに飛びつきたいし、楽しいことがあったらすぐにしてみたくなります。しかし、人間は、長い歴史の中で、理性を磨いてきた動物です。目の前の食べ物をすべて食べてしまったら、周りの誰かが空腹で苦しむのではないか。今自分の楽しみのために何かをしたら、周りの誰かに迷惑をかけてしまうのではないか。こう反省するこころ、つまり理性を持っています。私は、この「でもね」ということばは、私たちの中にある、理性言い換えれば良心が、私たちに告げていることばだと考えています。この「でもね」を使うことによって、冷静にものを見、ものを考えることができると考えています。
子どもたち、君たちは、短い時間しか生きていません。数少ない出会いや経験しかしていません。だから、どうしても、表面でしかものを考えることができません。遅くいえに帰った君を、お母さんが叱ると、「きっと私は、お母さんに嫌われてる。いないほうがいいんだ」こうすぐ考えてしまいます。私の元には、こういう相談がたくさん来ます。でもね、そんな時お母さんの目をきちんと見てごらん。きっとそこには、君のことを心配し続けた哀しい目が君を見つめています。子どもたち、「でもね」をいっぱい言おう。その数だけ、君たちは大人に近づいていきます。
