2021.02.14
読書三昧 12
「飛ぶ教室」 エーリヒ・ケストナー
水谷 修
子どもたち、私は、中学校の時、今もそうかもしれませんが、とても生意気でした。でも、正義を愛し、人間が大好きな、寂しい少年でした。
そんな私にとって大事件が、中学一年の冬に起きました。あれは、一月でした。授業中に教科書に落書きをしていた一人の女生徒の頭を、先生がものさしでたたきました。私は、机から立ち上がり、先生に抗議しました。「先生、先生のいましたことは、体罰です。生徒に対して体罰をふるうことは、認められていません。今すぐに、彼女に謝ってください」
彼は、私を廊下に出しました。そして十メートルぐらい離れたところにこぶしを前に突き出して立ち、私にこう言いました。「水谷、このこぶしに頭をぶつけてこい。これは、体罰ではないぞ。おまえが自分でぶつかるのだから」私は、全力で何度も何度も先生のこぶしにあたまをたたきつけました。先生は、「もういい」と一言。そして、去っていきました。
私は、この日から、中学に通うことを止めました。朝は、学校に行く振りをして、そのまま図書館に。一日、図書館で読書と勉強をしていました。また、人と話すことも止めました。大切な家族とですら、必要最低限のことを筆談で答えるだけでした。そんな生活を、一年近く続けました。私をいじめた先生が許せなかった。それ以上に、私が先生にいじめられている姿を、止めることもせずにただ見ていた仲間たちが、許せなかったからです。
そんな私が、図書館で偶然手にした本が、この「飛ぶ教室」でした。この本は、私にたくさんのことを教えてくれました。そして、私が今も座右の銘としているこのことばを手に入れました。
「かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし、勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ。世界の歴史には、かしこくない人びとが勇気をもち、賢い人びとが臆病だった時代がいくらでもあった。これは正しいことではなかった。勇気ある人びとがかしこく、かしこい人びとが勇気をもつようになってはじめて、人類は進歩したなと実感されるのだろう」
子どもたち、人生は、逃げていてははじまらないこと。この世界には、多くの悪が存在するけれど、それ以上に多くの愛や優しさ、友情を作ることができること。ただし、逃げることなく、戦うことによって。それを教えてくれたのが、この本です。
私は、この本を読んだ次の日から、ことばを取り戻し、中学に戻りました。そして、今まで、かしこさと勇気を求め続けてきました。また、かしこさと勇気をもって、生き抜いてきました。今、私は、多くの愛や優しさ、友情を手に入れました。
子どもたち、逃げないで。少しは休んでもいい。でも、逃げないで戦おう。
