夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

読書三昧 10

「大和古寺風物誌」 亀井勝一郎 新潮文庫

 

子どもたち、本当に美しい日本語を、読んだことがありますか。聞いたことがありますか。日本語は、世界の多くの言語と比べて、非常に美しい言語です。たとえば、「万葉集」君たちには、「百人一首」の中の短歌と言えばいいのでしょうか、あの一句一句の柔らかい、そして奥行きのある深いことば、そして、こころに浸みる想い、どうですか。たとえば、清少納言の「枕草子」、たぶん君たちは、学校で勉強したことがあるはずです。声を出して読んでいるだけで、彼女の見ている風景が浮かび上がってくる、簡潔ではあるけれども、そこから情景が湧き上がってくるすばらしい文章、どうですか。

 

子どもたち、そんな日本語をこよなく愛する私が、明治維新以降の日本の文章の中で、もっとも美しいと感じた文章が、この「大和古寺風物誌」です。本当は、この本は、すぐれた旅行記として、また、奈良の寺や仏像の、すぐれた美学的解説書として、紹介すべきものでしょう。

子どもたち、この本を片手に奈良のお寺を回り、諸仏の尊顔に触れれば、修学旅行でガイドブックを片手に、そし、ガイドさんからの説明を聞きながら、奈良を回るのとは、深さと次元の違う、奈良の旅をすることができるでしょう。そして、それまできっと見過ごしていた、奈良の仏像に共通する微笑(アルカイック・スマイル)に、畏れと仏の苦悩を見ることができるでしょう。そして、観光客で賑わい、平和を象徴するような寺の陰に、死者の怨念を感じることができるでしょう。私は、数えきれないほど、奈良を訪ねてきました。そして、奈良の寺を回り、諸仏と対峙してきました。いつも、この本とともに。そのたびに、亀井勝一郎の視線の鋭さに圧倒され、打ち負かされてきました。

 

私は、中学二年の時にこの本を手にしてから、ずっとこの本を座右に置き続けてきました。それは、この本の日本語の美しさに心酔したからです。

子どもたち、私は、今は作家として生きています。多くの本を書き続けてきました。どの本を書くときにも、一つひとつの文を、どれだけ美しい日本語で書くか、身を削ってきました。そんな私が、いつも私の日本語の先生としたのが、この本です。紙面にただ踊る漢字とひらがな、でも、それを読むことの中で、読者が活き活きとした違う世界を、自発的、創造的に描き、そして、共感する。まさに、この本には、それがあります。しかも、限りなく美しいことばのつらなりで。

子どもたち、私は、いつもこの本と勝負してきました。これ以上のすばらしい日本語を書きたいと。残念ながら、未だに負け続けています。