2021.01.17
読書三昧 ③
「イワンのばか」 トルストイ
子どもたち、幸せって何でしょう。君たちにとっての幸せは何ですか。私は、子どものころ、いつも自分にとっての幸せは何なのか、悩んでいました。それは、貧しかったせいも、あると思います。父を三才で失い、愛する母とも、一緒に生活することができず、山形県の山間の小さな村に住む祖父母とともに生活していました。祖父母は私を愛してくれました。でも、お腹いっぱい食べることもままならない貧しい生活でした。少なくても幸せではありませんでした。母と一緒に暮らしたかったし、お腹いっぱい白いご飯を食べたかった。みんなが着ているようなきれいな洋服を着たかったし、何より、母を幸せにしたかった。私は、そんな貧しさの中で、小学校の時から、必死で勉強しました。勉強には、成績には、貧富の差がありません。お金もかかりません。一杯勉強して、偉くなるんだ、お金持ちになるんだ。そして、お母さんたちを幸せに。幼い私の精一杯の愛でした。寝る時間を惜しみ、勉強をし、図書館の本を読みあさりました。
そんな私が、壁にぶつかったのは、中学生の時でした。子どもたち、君たちは知らないと思いますが、七十年安保闘争という大きな学生運動のころでした。世の中には、貧しさに苦しみ、その日の糧さえきちんと得ることのできない人々がたくさん存在する。その一方で、毎日のように贅沢を尽くす人たちも存在する。彼らの贅沢は、貧しい人たちの涙の上に成り立っているのに。私は、富んでいる人、そして、それを支える権力を持った人を憎みました。私のこころは切れました。人生の目標を、見失いました。幼いころから、富や権力をいつか手にしようと、ただひたすら勉強してきたことが空しくなりました。
子どもたち、そんな私が、図書館でふと手にした本が、このトルストイの「イワンのばか」でした。イワンは、限りなくばかです。自分が汗を流して手に入れたものを、欲望のかたまりの二人の兄が求めれば、それをすべて与えます。何の報いも求めず。あらゆる権力や富を手に入れても、それを無造作に人々に配り、ただ、自ら汗を流し働き、人々のためにつくし、日々を生きていく。多分、今を生きる子どもたちの多くは、なんてばかな奴と見下すでしょう。でも、私は、イワンの生き方に、本当の幸せを学びました。欲望を捨て、日々をただ人のために生きる。ただ、一日一日大地を踏みしめ、汗を流し、働いて。
子どもたち、幸せとは、何でしょう。すでに君たちのこころの中に答えはあります。
