2020.10.22
「正義」とは
「正義」とは何でしょう。考えたことありますか。ちゃんとわかっていますか。
私は、「正義」には、「社会的正義」と「こころの正義」があると考えています。
たとえば、死刑について考えてみましょう。何人もの人の命を自分の憎しみや欲望で殺した人を死刑にすること、これは、今の日本では、法律によって定められた「社会的正義」です。今、現在の法務大臣は数多くの死刑執行を命じています。しかし、かつてある法務大臣は、自分の信仰上の良心から、死刑執行を一度も認めませんでした。これは、彼の「こころの正義」です。
もう少し、具体的な例を上げてみましょう。みなさんが船で世界一周の旅行をしていたとします。その船が、氷山にぶつかり沈没。あなたは、あなたの体重の三倍はある人と二人、ボートで漂流することになってしまいました。ボートの中には、少ない食料と水。これを分け合って、何とか救援を待たなくてはなりません。この少ない食料や水を、お互い同じ人間として、五分と五分に分ける。あるいは、体重の差を考えて、一対三に分ける。あなたは、どうしますか。どちらを選ぶことも「社会的正義」の上では、問題はありません。もしも、その時に、彼が、「君と僕は同じ人間、平等に分けよう」、あるいは君が、「いや君の方がたくさんの水と食料が必要、多く取るってくれ」と、譲り合ったとします。ここに、「こころの正義」があります。
私は、この「こころの正義」を「良心」と呼んでいます。
この「こころの正義」が、今私たちの社会でとても粗末にされていると考えています。なぜ、車の中で携帯電話を使わないのか。それは、法律で禁止され、罰せられるから。「社会的正義」に反するから。そうなのでしょうか。本当は、携帯電話を使いながら運転すれば、意識が運転に集中せず、事故を起こし、人の命や財産を奪うことになるから、それは、自分の「こころの正義」に反するからなのではないですか。
なぜ、いじめをしないのか、怒られるからではなくて、そのいじめが、他人のこころや人生に大きな傷を残す悪い行為だからなのではないですか。
なぜ、学校に行かなくてはならないのでしょう。それは、義務だから決まりだから。違いませんか。学校に行き、多くのことを学ぶことが、あなたの人生どころか、他の人の人生まで幸せにするだろう、いろいろな知識や力を学ばせてくれるからなのではないですか。
みなさん、他人のさまざま声や、社会の決まりに、ただ従い左右されて生きるのではなく、あなたの中に必ずある、この「こころの正義」、「良心」の声を聞いてみませんか。
