夜回り先生 水谷 修
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人間はみな悪人

今回も、私の人生を変えた一冊の本を紹介します。それは、倉田百三の「出家とその弟子」という本です。

 

私は、みなさん方一人一人に聞きたいことがあります。「みなさんは、悪人ですか」どう答えますか。私は、こうしか答えられません。「はい、私は、悪人です。今まで、多くの命を奪い喰らい生きてきました。多くの人を、憎み、のろい生きてきました。また、多くの人を哀しませ、傷つけ生きてきましたから」

 

私は、幼いころから、祖父母に、「善人になれ」と強く教えられてきました。ともかく、善人になりたい。そのためにも、人のためになることをしたい。小学校のころから、高齢者の荷物を持ってあげたり、虐められている仲間がいたら、虐めている連中に向かっていったり、バスや列車では、席に座らず立ち続けたり、ともかく他人のことを考え、自分を痛めつけて生きていました。そんな私のこころが破裂してしまったのは、中学一年生の時でした。いくら、他人のために、良い行いをしていても、バスで高齢者に席をゆずらない高校生を憎み、虐めている連中に怒り、私をあざ笑う人を馬鹿にしている、自分のこころの中の悪、それに気づいたからです。そして、リストカットが始まりました。私のこころに、人を憎む、ばかにする、妬む、汚れた想いが浮かぶたびに、自らを切り刻み罰しました。でも、何の解決にも成りません。私は、自分のしているすべてのことが、偽善に思えてきました。

 

そんな私に、一筋の光明をもたらしてくれた、それが、この「出家とその弟子」です。親鸞聖人とその弟子たちとの関わりを、戯曲という形式、すなわち会話形式で書き込んでいます。この本の中で、親鸞聖人は言います。自分は、悪人だと。そして、すべての人や、彼らの行為を責めません。いや、自分には、人を責める資格もないと、すべてを受け入れます。自分を、杖で打ち、雪の中に放り出した侍も、女人と恋に落ちた若い弟子も、放蕩を繰り返す息子も。

 

私は、学びました。私たちが、生きていること自体が悪です。なぜなら、多くの命を奪い糧として生きているから。私たちは、悪人です。なぜなら、生きていく限り、必ず、だれかに哀しい思いをさせ、まただれかを傷つけてしまうから。これは、私たちの宿命です。逃げることはできません。だからこそ、私たちは、人に優しさを配り、だれかを幸せにするために生きるのです。私は、それ以来、日々を、償い続けて生きています。幸せです。