2020.05.21
人を変えるなら、まずは自分から
私は、かつて高等学校の教員をやっていました。しかも、生徒指導担当。生徒たちの生活習慣の指導や、非行・犯罪の予防、問題を起こした生徒への指導や更生が、専門でした。そんな私が、常に他の先生たちにお願いしていたことがあります。それは、生徒の生活習慣や学習態度をきちんとさせようとするなら、まずは教員自体がきちんとして欲しいと言うことです。教員自ら、廊下はおしゃべりすることなく一列で端をきちんと歩く。トイレは、必ず次に来た人たちのために、奥から順番に使用する。授業は、開始のチャイムと同時にはじめ、終了のチャイムと同時に終わらせる。服装も、清潔なものをきちんと身につける。多くの教員から、「お前は、生徒指導ではなく教員指導か」と批判されました。しかし、教員自らが、学校での生活態度をきちんとさせると、自然と生徒たちもきちんとしていきました。
現在、私のもとには、不登校や昼夜逆転、リストカットなどの自傷行為、深夜はいかいや非行、犯罪、薬物乱用さまざまな問題行動を起こす子どもたちの親からの相談が続いています。どの親も、必死に自分の子どもを変えようと努力しています。私は、そんな親たちにいつもこう指導します。我が子をそのような問題を起こしてしまうように育てたのはあなたではないですか。まずは、あなたが、変わってくださいと。朝は、きちんと早起きし、みんなで朝食を食べ、父親は、仕事が終わったら、できる限り早く家に帰り、家族みんなの触れあいの時間を作る。夜は、就寝時間を決め、その時間になったら、携帯もテレビもコンピューターも切り、みんなできちんと眠る。休日には、家族みんなで家の掃除片付け、家の中は、いつもきれいに整理、整頓する。月に一度は、家族みんなで、遠くへの旅行ではなくてもいいから、外に出て、自然と触れあう。これをきちんと繰り返していけば、子どもも変わりますよと。
多くの人は、特に親や教員は、子どもたちをことばや権威で変えようとします。私は、これは間違いだと考えています。人を変えようとするなら、まずは自分が変わる。これが大切だと考えています。なぜなら、子どもたちをそのようにしてしまったのは、親や教員なのですから。自分が、まずは反省し生き方を変え、模範を示すことで、学ばせる。これがあるべき姿だと考えています。私は、教員時代、いつもそうしてきました。
定時制高校の教員になったときです。各クラスの担任が、生徒たちがきちんと掃除しないと、職員室で不満を語り合っていました。私は、自分のクラスの生徒たちに、「この教室は、君たちにとっても私にとっても大切な自分の部屋です。それをきれいにすることは当たり前のことです。だから、私は、教室の掃除当番は、作りません。こころある生徒は、授業が終わったら、私と一緒に掃除しましょう」最初は、ごく数人の生徒たちが、私と掃除をしていました。でも、一学期が終わる頃には、すべての生徒たちが、私と教室を掃除していました。1年後には、全校の生徒たちが、自ら進んで教室をきれいに掃除していました。
人のこころは、ことばで教育することは、とても難しいです。本当のこころの教育は、自らが、それを実践しながら、それを見せ、相手のこころに響かせることによってしかできないものです。みなさん、人を変えようとするなら、まずは自分が変わりましょう。
わたしが、今回こんな堅いことを書いたのには理由があります。みなさんもご存じの通り、今回の国会で、検察官の定年延長について議論され、多くの国民からの批判により、一度法案は撤回されました。
まさに、その渦中の人、黒川氏がよりにもよって新聞記者と、国からの自粛要請にもかかわらず、記者の自宅に行き、三密で賭け麻雀をしていたという報道がなされました。検察官は、法の番人であり最も法や規則を守らなくてはいけない、また全国民の見本とならなくてはならない立場にあります。それが、これです。
どうも、辞職ということになりそうですが、それで済ませて良いのでしょうか。賭け麻雀は、それ自体が違法行為です。すみやかに、当事者4人、また過去に賭け麻雀をこのグループとした人たちはすべて、警察に自首し、裁きを受けることです。それが、報道や検察の正義ではないでしょうか。
