2020.04.22
本当の音楽に触れる
みなさん、最後に歌のない音楽を聴いたのはいつですか。ピアノソナタ、交響曲、協奏曲、弦楽四重奏などのクラシックでも、ジャズでも、尺八や三味線などの日本音楽でも、歌のない音楽をいつ聞きましたか。きっと多くの人は、音楽の授業で、あるいは喫茶店やデパートのBGMでと答えると思います。哀しいことです。
私は、このところ流行している音楽に危機感を覚えています。ほとんどの歌手が、メッセージ性の強い歌詞をこれでもかこれでもかと、ドラムスやベースの強いビートに乗せて、聞き手のあたまの中にたたき込んでくる。何も考える余裕も、何もこころで感じる余裕も与えてくれず、ただ、「どうだ、まいったか」と迫ってくる。私にとっては、暴力以外の何ものでもありません。確かに、それを聞いているときは、リズムに乗せてからだが動き、何かハイな気分にはしてくれるけれど、終わってしまえば何かむなしさだけが残る。そんな多くの音楽が、もてはやされています。そして、あっという間にブームになり、そしてあっという間に消えていく。私は、哀しい。
かつてベートーベンは、音楽家としては致命的ともいえる聴覚の病を抱えながら、ピアノの旋律の中に、彼が見たうつくしい月の光を描きました。私は、彼のこの曲「月光」を聞くたびに、その旋律の中に、淡い月の光に照らされたうつくしい女性の姿を見ます。また、彼は、迫り来る死の足音を、彼の交響曲「運命」の中に刻みました。私は、この曲を聞くたびに、自らに迫り来る死に神のすがたを、旋律のかなたに見ます。みなさんも知っているとおり、これらの曲には歌はありません。歌詞、つまりことばはありません。でも、こころに響いてくる。そして、こころから何かを湧き上がらせてくれる。これが芸術です。
みなさん、音楽を聞くことは単なる暇つぶし、あるいは娯楽。そんなことどうでもいいじゃないかと考えているかもしれません。でも、本当にそうでしょうか。私は、そうは思いません。音楽は、人間の一生に大きな影響を与える恐ろしいものです。暴力的な音楽に慣れれば、その人は雑な人になることが多いでしょうし。繊細な旋律にこころを向ける人は、優しい人になることが多い。私は、そう考えています。
みなさん、今新型コロナウィルスのために多くの人が、家に閉じこもっています。こんな時こそ、心の平安と栄養のために、ぜひ、歌のない音楽、歌詞、ことばに頼ることなく、何かを私たちに伝えてくれる音楽に触れてみませんか。そして、その音楽を聞きながら目を閉じる。そして、こころから湧き上がるものに耳を澄ます。やってみませんか。
