2020.02.05
子どもたちへ
子どもたち、私は、小さいときから、多分君たちの多くが大嫌いな勉強が大好きでした。なぜだかわかりますか。それは、勉強ほど正直なものはないからです。また、平等なものはないからです。勉強は、まじめにし続ければ、必ず成績があがります。手を抜けば、必ず、誰でも成績は下がります。勉強は、お金持ちだから、恵まれた環境に生まれたから、良い成績がとれるものではありません。私の子ども時代のように、どんなに貧しくても、きちんと努力して勉強すれば、それに見合う成果を得ることができます。ぼろぼろの洋服しか着ることができず、お風呂にも週に一日しか入れず、お弁当も遠足の日に持って行くことができないほど、貧しかった子ども時代の私にとって、まじめに勉強して、良い成績を取ることが、唯一の誇りでした。ですから、寝る間も惜しんで勉強しました。
今、高校受験や大学受験に苦しむ、多くの子どもたちからの相談が続いています。その多くは、自分の行きたい学校に、行くことができない。あるいは、これから受験だけれども、合格する自信がない。このような内容です。
中には、もうこの学校に落ちたら、家から追い出される。あるいは、自分は死んだ方が良い、というような哀しい内容の相談まであります。
相談をしてくる子どもたちの気持ちは、よくわかりますし、つらいだろうと理解もできます。でも、この受験に関する相談には、私は、いつも何か違和感を感じています。受験というのは、自分のそれまでの努力の成果が現れるものです。何の努力もせず、遊び回っていて、それでも良い点数を取りたいというのは、あまりに虫のいい話で、通るはずがありません。
また、いじめのためにしろ、どんな理由ででも、不登校となってしまい、家で哀しみに押しつぶされ、まったく勉強することができず、行きたい高校や大学に合格する自信がないと悩むことも、つらい気持ちはわかるけれど、私はおかしいと考えています。
いかに、不登校になったとしても、かつての私がそうでしたが、一人で勉強することはできたはずです。不登校になったことと、勉強をしなかったことは、まったく別のことです。
子どもたち、私たちは、子どもであっても、自分の人生に対して、責任をもたなくてはなりません。まずは、君たちがなぜ、私たち大人のように働いてお金を稼がなくて良いかを考えて下さい。それは、私たち大人からの、君たちの未来へのプレゼントなのです。きちんと将来のために、勉強して、幸せな明日を作って欲しいという想いなのです。それを、忘れないで下さい。
追伸
昨日は、兵庫県の山間にある上郡中学校での講演でした。岡山空港に飛行機で向かい、そこからレンタカーで上郡町に向かいました。寒さは厳しかったですが、すでに紅梅が咲き始めていました。
昼食は、上郡駅近くの店で、「モダン焼き」を食べました。大きなお好み焼きの上に中華そばの麺をたくさんのせ、そしてその上にたっぷりの豚肉。ともかく、大阪で食べる大きさの二倍はあります。おいしくいただきましたが、夕食は食べれなくなりました。
上郡中学の生徒たち、最高でした。中学生らしい中学生と言えば良いのでしょうか。素朴で純情、豊かな自然とたくさんの大人たちからの愛が育てた子どもたちでした。
子育てに自然環境がとても大切だと言うことを、実感させられました。
明日、明後日は、東京での仕事と講演。土曜日には、また飛行機で広島に向かいます。
