2020.01.04
無財の七施
みなさん、先日、私はとっても幸せな一日を過ごしました。その日は、朝から、東京の外国系通信社で取材を受けていました。朝、会社の受付に行くと、二人の受け付けの方、二人とも外国人の方でしたが、満面の笑顔で「いらっしゃいませ」、とても幸せな気持ちになりました。五階の、会議室に行くまで、エレベーターホールでも、廊下でも、出会う外国人の人たちは、目が合うたびに、会釈し、微笑んでくれます。とても、幸せな気持ちで、取材を受けることができました。
昼前に、私は、その取材を終えて、駅へと歩いたのですが、その日は、とても寒い日でした。道行く人たちは、その寒さの中で、みんな厳しい顔、目と目が合っても、ただ虚ろに視線を外し、からだがぶつかって、私が、「すみません」と誤っても、何の返事もありません。何か、午前中に、暖まったこころが、どんどん冷えていきました。
みなさんに聞きたいことがあります。みなさんの家は、学校は、会社はどうですか。私が、午前中に訪問した会社のように、笑顔が溢れていますか。優しい丁寧なことばが、満ちていますか。それとも、私が、この日の午後経験した町のように、冷え冷えとした、無機質なものですか。
私は、学生時代から、仏教を勉強しています。仏教には、「無財の七施」ということばがあります。仏教では、自らが幸せになるためには、布施をしよう、だれかのために役立とうという教えがあります。布施、お金を使い、困っている人のために、募金や寄付をする。施設を作ったり、食事を提供する。これが、人を幸せにし、そして、自分も幸せにしてくれるという教えです。
でも、お金が無い人は、布施ができないのか。そうではなく、その人たちにもできる布施、それが、「無財の七施」です。
「和顔施」、だれかと目が合ったら笑顔を返すこと。
「眼施」、いつも、やさしい目で、人と接すること。
「言施」、人に優しいことばを、いつもかけること。
「身施」、ゴミを拾ったり、人が落としたものを、拾ってあげたり、からだを使って人のためになることをすること。
「心施」、人に、思いやりのこころで接すること。
「床座施」、人に席を譲ること。
「房舎施」、人を家に泊めてあげること。
みなさん、どうですか。このうちのいくつかは、今すぐにでもできることではないですか。それが、みなさんの家庭や町、学校や会社を、とても、優しさの溢れる、そして、笑顔に満ちた、幸せなところにしてくれます。やってみませんか。
