2025.08.10
もうすぐ8月15日です
日本は、1945年8月15日に、連合国からのポツダム宣言を受託し、完全降伏しました。これにより、第2次世界大戦、太平洋戦争は終了しました。
日本の主だった都市、工業地帯は、アメリカ軍による空襲で焼け野原。焦土と化していました
私の叔父は、硫黄島で戦死しました。わずか17歳少年通信兵でした。遺骨も戻らず、お墓には、なくなったと想定される日にちと叔父の名前と階級が書かれた木札が入っているだけだと祖母に聞きました。私の大叔父一家は、東京大空襲の時、浅草で一家全員亡くなりました。
私は、1956年5月8日に横浜で生まれました。戦後十一年目です。でも、いまだ戦争の傷跡は深く残っていました。
特に、私の思い出の中には、駅頭に多くの白い病衣をまとった傷痍軍人の方々が座り、一部の人はアコーディオンやハモニカを演奏していた姿がくっきりと残っています。その方々に、「ご苦労様でした」と少額ですが、お金を渡す母や祖母の姿も記憶に残っています。
また、三歳の時に山形に行った後も、お盆で親戚の家を訪れると、必ず軍服姿の若い男性の写真が仏壇に飾ってあり、その位牌にお線香をあげたことを憶えています。
あれから長い月日が流れました。
現在の繁栄の中で、多くの人たちがあの悲惨な戦争のことを忘れつつあります。現在の平和や繁栄が80年前の数百万の人たちの死、そして数千万のその家族の人たちの涙と哀しみの上に築かれたものであることを忘れています。
そんな中、一部の政党や政治家が、再度この国に軍隊を作り、武力による威嚇で他国からこの国を守ろうと訴えています。中には、あの悲惨な広島や長崎での原爆投下の惨劇を忘れ、その威嚇の手段としてアメリカの核兵器を日本に配備しようという政治家や政党もあります。
私は、彼らに聞きたい。あなた方は、まず、今のこの国の平和、またアジア全体の、世界全体の平和のために、何か努力をしましたかと。
みなさん、忘れないでください。戦争となったとき、前線に送られ命を奪われるのは、これらの政治家たちではありません。私たちの大切な子供たちや孫たちです。
これから、少し、平和のために動きます。
