2024.11.03
子どもたちへ No.8
この夏、大切な教え子が自ら命を絶ちました。私とは、十五年のつきあいでした。知り合ったとき、彼女はすでに21歳、子どもも二人いました。かわいい二人の女の子をつれて、私の学校に私を訪ねてきました。はじめて会った彼女の目には、覚せい剤乱用者特有の影がありました。
彼女の話を聞いて私は、泣きました。つらかった。彼女の父親は、暴力団の組員でした。彼女の母親は、覚せい剤の乱用者、からだを売りながら彼女を育てました。優しかったそうです。しかし、彼女が中学三年の夏に警察に捕まりました。それからは、地獄でした。父親からの性的虐待、それから逃れるために家を出て、夜の世界に。そして、次から次と現れる、肉体ねらいの夜の世界の男たちに、一夜の優しさと救いを求めました。そのたびに更に哀しみは増し、17歳で、絶対母親のようにはならないと、決めていたのに覚せい剤に救いを求めました。そして、覚せい剤の売人の青年と同棲、二人の子どもを生みました。その売人の青年が、私が関わったことのある青年でした。彼が、警察に捕まり、面会に行ったとき、水谷に相談して、二人の子を自分が戻るまできちんと育ててほしいと頼まれたそうです。
私と知り合ってから彼女は、子どもたちを施設に預け、そして自分は薬物依存症からの回復のために、入院し、そして専門の施設に入りました。三年後には、高校や中学校で自分の薬物乱用体験を生徒の前で話し、薬物の恐ろしさを若者たちに伝え始めました。私には、若者たちに自分の過去を語ることで、薬物の魔の手から逃れようとしているように見えました。痛ましかった。そして、五年後には、自分で薬物乱用者の回復のための施設をつくりました。
私は、彼女と会うたびに「走りすぎるなよ。無理はしないこと。薬物関係の世界から去って、子どもたちと一緒に普通に生活してみないか」そう言い続けました。そのたびに彼女は、「先生無理だよ。薬物はそんなに甘いものじゃない。こうやって戦い続けないと勝てない。今だって、覚せい剤使いたくてしょうがないんだ。子どもたちは、今はいい里親さんと幸せにしてる。これでいいんだよ」寂しそうに答えました。
この夏彼女は死にました。彼女の部屋の壁には「覚せい剤のばかやろう。お前なんかに負けるか」そう書いてありました。
子どもたち、薬物は恐ろしいです。一度乱用すれば、一生追いかけてきます。こんな哀しみは、もういいです。子どもたち、薬物には絶対近づかないでください。
