2024.03.02
政治倫理ということばの問題点
一人の人間として、この社会で生きていく中で、忘れてはならない規範があります。
それは、「法」、「道徳」そして、「倫理」です。
「法」、これは、一つの社会集団を維持する上で、その社会集団(普通は国でしょう)
を維持し、集団の構成員、つまり一人ひとりの人を守るために作られた一つの規則です。ある意味での、社会契約です。これは、今の日本では、法律と言えばいいでしょう。それに反すれば、違法行為、つまり犯罪として裁かれることとなります。
「道徳」、これは、善、と悪との問題です。私たちの今の社会が、その行為を善とするか、悪とするか、「法」では裁くことではないけれど、人間として、それが許される事なのか、許されないことなのか。それが問われることとなります。
一つ例を挙げれば、今問題となってる女性国会議員の不倫問題は、「法」的には裁かれることがないとしても、「道徳」的にはアウトでしょう。
それでは、「倫理」とは何でしょう。この意味を、今の政治家やマスコミ、ほとんどの人たちが理解していません。高等学校の教科となっているにも関わらず。そして、安易に国会の中に、政治倫理審査会なる委員会を作っています。困ったことです。
「倫理」は、「法」や「道徳」とは根本的に異なります。「倫理」は、人間としてのあるべき姿を、一人ひとりの人に問うものです。つまり、その人の、してしまった行為について、その人自身が問うべきものです。
例を挙げましょう。電車で座っていて、目の前に高齢者が立っていた。その時、席を譲らなかった。その時に、感じる恥ずかしさ、申し訳なさ。これが「倫理」です。
政治資金パーティーを開いて、そこで得た収入の一部を、政治とは異なる目的で使った、まずいことをした。そう感じることが「倫理」です。
それでは、一人の人間として、最も大切なのは、「法」、「道徳」、「倫理」、どれなのでしょう。
「法」を犯せば、しかるべく罰せられます。犯罪として。
「道徳」で問題を犯せば、公的な人間の場合、マスコミが裁きます。それがいいことか、ワルてことかは、わかりませんが。
でも、「倫理」は。
自らが、自らに問うべきことです。恥ずかしくないかと。胸がはれるかと。
この「倫理」が、この国が消えつつあります。哀しいことに。
「法」や「道徳」は、社会が個人に求めてくるものですが、「倫理」は、一人ひとりの人が、自分の心の中で感じる恥や痛みです。そして、自分自らが、その責任を負い、始末を付けなくていけない。でも、今問題になっている人たちは、だれ一人、それをしない。
すべての政治家、そして、今話題になっている芸能人の人たち、そして、あなたに問いたい。あなたの心は、してしまったことやしていることで、痛んでいませんかと。恥を感じていませんかと。
そして、すべての真実を話して、清く自らを処して欲しい。
そうでなければ、この国の教育は崩壊します。
私は、子どもたちに、自分を守るためなら嘘をついて言い、人をだましても、自分の利益を守れと、一人の教員として語ることはできません。
考えてください。子どもたちの、見本となってください。
