2024.01.09
輪島と私
輪島は、ほぼ半世紀前から、私にとって悩んだときに訪れ癒やされる場所でした。
始まりは、大学時代です。明日を見失い、全国を車で回っていたことがあります。その時、ふと訪れたのが輪島でした。そして、ふと入ったお店が「錨」という朝市通りの1本海側にある通り沿いの居酒屋でした。そのお母さんとお父さんと知り合い、ほぼ三週間近く輪島で過ごしました。
学生でお金がない私のことを気遣ってくれて、弟さんのやっている「鷹」という居酒屋に居候させてもらいました。そして毎晩のように、「鷹」のご主人と酒を酌み交わしました。
彼らは、輪島では有名な宮野一族です。お兄さんは、「まだら館」という大きい割烹を経営、「錨」、「ふみ寿司」、「鷹」と、兄弟姉妹で、いくつもの店をやっていました。この一族は、私にとって親戚同様。かけがえのない人たちです。
あれ以来、ことあるたびに輪島を訪れていました。
今回の地震以降、宮野一族の方々との連絡が取れていません。「錨」と「ふみ寿司」はすでに閉店していましたが、その場所は、消失してしまいました。「鷹」もちょうど消失した部分との境です。また、自宅は、そのお隣です。
何とか、能登への支援をと、緊急食料や飲料水の準備は整いましたが、現在の状況では、人命救助やインフラ復興で動いている方々の妨げになる可能性が大きく、いまだ待機しています。
一日も早く、輪島に向かい、彼らの安否確認と、復興支援に入りたいと、じりじりしています。
一人でも被害者の少ないことを祈りながら。
