夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

子どもたちへ—恥を知るということ

子どもたち、私は、三歳から小学校の終わりまで、東北山形の寒村で、祖父母に育てられました。祖父は剣道の達人、祖母は、元海軍の従軍看護婦、厳しい人たちでした。その祖父母から常に教えられたことがあります。それは、恥を知る人となれということでした。

 人に嘘をつくこと、人のものを取ること、人をいじめること、困っている人を助けないこと、救いを求める人を救わず逃げること、だらしない、あるいは派手な服装をすること、目上の人に生意気な口調で話すこと、幼いときから、一つひとつ恥ずかしい行いを教えられました。

 

それは、厳しかったです。五歳の時でした。貧しい生活の中で、おなかがすいて、お隣の畑のイチゴを一つ盗って食べてしまいました。当然口が赤くなります。祖母が、口を怪我したのと目をとめ、万事休す。祖父母は、怒りました。「私たちは、どんな貧しくても、人さまのものを盗る子に、おまえを育てたおぼえはありません」私を連れてお隣の家に行き、三人で土間で土下座をして謝りました。

 

でも、次の日には、食卓の上に新聞紙でくるまれたたくさんのイチゴが。祖母が、自分の着物を売って、そのお金で買ってくれたものでした。涙味のしょっぱいイチゴになってしまいました。

 

 子どもたち、今、私が恐れていることがあります。君たち子どもたちだけではなく大人も、私たちの国日本で、この恥を忘れた人たちが、どんどん増えていることです。

 

国民から選ばれ、私たちの国を任されている人であるにもかかわらず、平気で自分の言ったことを否定したり、嘘をつく政治家たち。日本各地で多くの人たちが、仕事を失ったり、不安定な収入で、生活に困っているにもかかわらず、自分の党や自分の地位を守るため政争に明け暮れる政治家たち。社員や社員の家族、下請け会社の人たちが、どんなに苦しもうと、自分の会社と自分を守ろうとする企業経営者たち。

 

君たち、子どもたちの中にもいます。だれかをいじめても、平気でいる子どもたち。平気で、お店で万引きをくりかえす子どもたち。勉強を学ぶ場であるはずの学校に、化粧をして、そして短いスカートで行く子どもたち。電車やバスの中で、平気で化粧したり、ゲームをする子どもたち。何か、日本中が、恥だらけになったような気すらします。

 

 子どもたち、人としてどんなことが恥ずかしいことなのかを、きちんと学び身につけよう。学校の校長先生に聞いてもいい、近所のお年寄りに聞いてもいい。きちんとした生き方をしている大人から学ぼう。子どもたち、恥を知るということは、自分に責任を持つことにつながり、それが、君たちが生きていく上で最も大切な、誇りとなります。

 

私は、そういう生き方をしてきました。