夜回り先生 水谷 修
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羽鳥さん、あなたは間違っています

今日、テレビ朝日の朝の番組で、羽鳥慎一氏が、栃木県内のJR電車で、喫煙を注意した高校生に対して、注意された男性が暴行を加えけがをさせ逮捕された事件について、コメントを出していました。

その内容は、「高校生の行動は、正義感から来る勇気ある行動だと思うけれど、そのような人間は話の通じる相手ではないから、危険であり、話が通じないのだから、相手にしないほうがいい」という内容でした。言い方を変えれば、正義感で注意するより、傍観者でいればいい。見て見ぬふりをすればいい。このような内容でした。

これは、許すことのできない発言です。

確かに、一人ひとりの人間には、私たちの国では、行動の自由が保障されています。他者の財産や身体、命に被害を与えない限り、その人が、この高校生のように正義感から不正をただそうとしてもいいし、それは、危ないからと知らぬふりをしてもいいのです。羽鳥氏がその場にいて、何の注意もせず、傍観していたとしても、それは、法的に何の問題もないでしょう。それは、自身の道徳心、倫理観の問題なのですから。

一部のネットでは、同じ車輌にいた多くの人が、その暴力を止めることもせず傍観していたことについて、その乗客たちを責めています。責める人たちの気持ちはわかりますが、法的には、何ら問題のあることではないでしょう。ただし、その人たちの人間としての尊厳については、問題があります。それは、その人たちが、すでに感じていることと思います。

この高校生の行動は、本来、人間が持つべき道徳心や倫理観を、私たちに教えてくれています。私は、賞賛すべきもので、彼に対して羽鳥氏のように語ることは、許されるべきものではないと考えます。

羽鳥氏のように感じ、語る人がいるから、虐待や学校でのいじめはなくならないのでは無いでしょうか。自分が巻き込まれないように、いじめを見ても知らんぷりをする。近くの家庭の虐待に気づいても、関わりたくないからと気づかないふりをする。このような傍観者としての生き方を認めていいのでしょうか。

いのちは大切なものです。しかし、いのちより大切なものもあるのではないでしょうか。それは、人間としての尊厳です。

日本にも関係の深いコルベ神父は、収容されたアウシュビッツ収容所で、妻子のいる収容者の代わりに「私は、神父で、妻も子もいませんから」と、自らすすんで餓死刑で処刑されました。彼の死を、だれが愚かだと言うことができるのでしょう。ここに、人間にとって最も大切な尊厳があります。

羽鳥氏は、私もテレビ朝日で話したこともあり、心優しい素晴らしい人だということは知っています。速やかに、この発言の真意をきちんと語り、謝罪してくれることを望みます。