夜回り先生 水谷 修
公式ブログ

Osamu Mizutani Official BLOG

今を苦しむ子どもたちへ

子どもたち、君たちはきちんと何かを見たことがありますか。

 

きれいな花でもいい、青空でも、遠くの山々でも、お母さんやお父さんの顔でもいいです。きちんと見たことがありますか。

君たちのほとんどの人は、「水谷先生、いつもちゃんと見てるよ」と答えると思います。

 

それでは、試してみましょう。目を閉じてください。そして、君が見たきれいな花や、どこまでも澄んだ青空、白い雪を乗せた山をきちんと思いだしてください。

どうですか、きちんとその美しいすがたが、まぶたに浮かび上がってきますか。お母さんやお父さんの顔はどうですか。

 

たぶん君たちのほとんどの人は、「先生、何も見えてこないよ。こんなの無理だよ」と言うでしょう。でも、本当にそうでしょうか。私は、私を大切に育ててくれた祖父母の顔を、目さえ閉じれば、いつでも見ることができます。若いころ登った八ヶ岳の山々も、今年の美しかった桜も、いつでもまぶたに思い浮かべることができます。

なぜかわかりますか。それは、いつも必死で想いを込め、ものを見ているからです。

 

子どもたち、私たちの目は、すばらしいものです。

うつくしいものをそのままのすがたで、写真のように私たちのあたまのなかに保存してくれます。ビデオのように動画でも保存してくれます。また、すてきなことを、こころに保存してくれます。

君たちは、目をそのように使っていますか。使っていないとしたら、何てもったいない生き方をしているんでしょう。

子どもたち、お願いです。うつくしいものを見たら、きちんとそれを君たちのあたまの中に刻み込もう。方法は簡単です。目をつぶってもそのすがたがまぶたに浮かぶまで、きちんと見るのです。

すてきなことがあったら、それをきちんと君たちのこころの中に刻み込もう。方法は簡単です。そのすてきなことを何度も何度も思い浮かべればいいのです。

 

私は、哀しいとき、つらいとき、いつも目を閉じます。そして、かつて見たうつくしいものや、かつて触れたすばらしいことを思いだします。

 

子どもたち、もう一つ君たちにして欲しいことがあります。

 

目を閉じて、こころできちんとものを見て欲しいのです。私は、いつもそうしています。

夜の街を我が物顔にさまよう若者たちを見れば、きっと君たちは、その瞬間に、『嫌な連中』と目を背けるでしょう。でも、私は、彼らを見たら目を閉じます。そして、彼らがなぜそんなふうに生きているのかを考えます。親から捨てられたのか。学校で勉強について行けなくなり自暴自棄になっているのかと。

そして、もう一度彼らを見つめます。そして、彼らの目の中に哀しみを見ます。

 

子どもたち、目を閉じてこころできちんとものを見よう。

 

追伸

 

明日は、今年はじめて京都での講演です。こころを込めて講演してきます。