2021.08.13
声なき声を聴く
私は、ずっと高等学校で教員をしていました。その教員生活で、子どもたちとの関わりの中で、一番気を使っていたのは、声なき声を聞くことです。
声なき声、そう言われても、みなさんはわからないと思います。
説明します。たとえば、ホームルームで何かを決めるとき、元気のいい生徒たちは、様々な意見を出してくれます。でも、生徒たちの中には、まだまだ自信がなくて、自分の意見を人の前で言うことのできない生徒もいます。
こんな事がありました。修学旅行にどこに行くかをクラスで決めるとき、声の大きい、元気のいい生徒たちが、沖縄に行きたいと積極的に提案しました。そして、他の生徒たちに、威圧的に「みんな沖縄でいいよな」と、圧力をかけていました。
私は、白い紙を、すべての生徒に配り、匿名で、○か×で多数決を取りました。結果は、沖縄に行くことに○をつけたのは、彼ら数人でした。
自分の意見を言わないと言うことは、自分の意見がなくて何も考えていないと言うことではありません。意見を言わない生徒たちにも、自分の意見はあります。ただ、それを出すことができないだけなのです。私は、これを声なき声と呼んでいます。
今、私たちの日本で、この声なき声がとても粗末にされていると私は考えています。
たとえば、選挙です。日本の大きな選挙のほとんどの投票率がどんどん下がってきています。そして、時には、半数程度、いや半数以下の人たちの投票で、この国の明日を作る議員たちが選ばれています。
多くの強い人たちは、選挙に行かないことは、この国のことを考えていないからだ。そんな人のことは考えなくていいといいます。でも、本当にそうなのでしょうか。
この国の、自分の明日を委ねるのにふさわしい政党や人がいれば、きっともっと多くの人が投票に行くはずです。この低い投票率は、まさに国民の声なき声なのではないでしょうか。
先日の東京都議会選挙でも、投票率は、50%を切りました。これは、東京の有権者の半数以上が、実は、政治や選挙には、興味や関心がなく、ただ、今の自分の生活が守られればそれでいいと考えている、いい加減な人たちだということでしょうか。私は、違うと思います。投票に行かなかった人たちにも、それぞれ考えと思いがあるのです。
みなさん、お願いがあります。みなさんの周りには、きっとたくさんの自分の意見をなかなか表現できない、出すことのできない人たちがいます。その人たちの声を感じる人となってください。
