夜回り先生 水谷 修
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Osamu Mizutani Official BLOG

「感性」、「理性」、「悟性」

今日は、少しみなさんの頭が痒くなるような哲学の話をしてみます。

 

哲学では、一般的に、人間のこころの中に、「感性」と「理性」と「悟性」が存在すると考えます。こんな難しいことばを使われても何もわからないでしょう。それでは簡単に説明します。

 

「感性」とは、感じたり思ったりする能力です。花を見て、美しいと感じたり、きれいな音楽を聴いて、こころが落ち着くと感じる。あるいは、逆に、愛する人を亡くして、哀しいと感じたり、卑怯なことをされて憎いと感じる。これが、「感性」です。この「感性」の豊かな人は、芸術家に向いているでしょう。

「感性」には、もっと原始的なものもあります。お腹がすいているときに、店頭に並ぶパンを見て、欲しいと思ったり、人が自分より良いものを持っていて、自分も欲しいと思う。これも「感性」です。この「感性」の豊かな人は、気をつけてください。間違いをしでかす可能性大です。

 

「理性」とは、考える能力です。目の前の美しい花を、摘み取り自分のものにしたいけれど、そうすれば困る人がいる。だから止めよう。愛する人がいるけれど、その人は別な人を愛してる。その大切な人を守るためにも、自らは愛を抑える。これが、「理性」の働きです。

この「理性」は、良い人との出会いや、きちんとした教育を通して、人が身につけていくものです。「理性」は、人が、社会の中で生きていく上で、最も大切なものです。この「理性」の優れている人は、人から愛され、そして幸せな人生を過ごしていくでしょう。

 

「悟性」とは、「理性」を反省する能力のことです。たとえば、人のものを、欲しいからといって、奪うことは、人に迷惑をかける行為だからしないという、「理性」の決定があったとします。これは、これで、十分に尊いことです。でも、そこで、考えることを止めずに、なぜ、自分がそれを欲しかったのか。奪うと、どのような結果になり、どのように迷惑をかけるのか。あるいは、もっと根本的に、ここにある欲望とは、人間にとって、どのようなものなのか。このように、深く、その問題の本質まで考え、理論化していこうとする。これが「悟性」の力です。この能力の優れている人は、学者に向いているでしょう。

 

私が、ここに難しいことを書いたことには理由があります。今、みなさんを見ていて、「感性」だけで生きている人が多いと、感じています。お願いです。きちんと、「理性」、「悟性」も磨こう。明日のために。